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量子コンピュータ勉強会レポート(その4) ~量子コンピュータの量子化学研究最前線~

はじめに

 QPARC基礎コース最終回となる第6回勉強会では、量子コンピュータ分野に関連した最先端の量子化学研究について学び、また産業界からアカデミアへの提言について議論しました。これまで、主に量子化学への応用という観点から、量子コンピュータのソフト・ハードの基礎を学んできましたが、今回は最先端の研究内容が多分に含まれており、個人的にはかなり難しい内容でした。このレポートも誤解や誤り等あるかもしれませんので、お気づきの方がいらっしゃれば、ご指摘いただけると幸いです。

 また今回のQPARCでは、スポンサーセッションにて主に弊社の計算化学サービスについてご紹介させていただきました。このような機会を与えて下さいましたQunaSysの皆様、ならびに、ご清聴下さいましたQPARC参加者の皆様に、この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

第6回基礎コース勉強会のレポート

  • 勉強会概要

 開催日時:9/18(金) 14:00~18:40

 第6回は量子化学の最前線と量子コンピュータの交点において期待される可能性への理解を深めることが目的であり、量子コンピュータ分野に比較的近い量子化学研究者の最新研究トピックについて学習しました。また、量子コンピュータの発展のために産業界で取り組むべきこと、アカデミアに要望することについてグループ討論を行いました。

 

  • 講演内容

Quantum Chemistry meets Quantum Computer ~NISQ時代の量子化学理論開発~(京大特定准教授 倉重佑輝先生)

 物質科学に量子コンピュータはどう使えるのか?という話題と、新たなVQE ansatzの開発について講義されました。

 ご講演では、量子化学を含めた物性計算で量子コンピュータが早い段階で有効性を発揮するのは、電子相関が強い系の問題とのご認識を示されました。特に、π共役系分子の励起状態は応用的に重要であり、かつ電子相関が強いので、量子コンピュータ向きのテーマであるとのことでした(例えば、ナフタレンの励起状態はDFT計算では満足のいく結果が実現されていません)。また、エラー訂正の技術向上を期待して、ロングターム(非NISQ)量子コンピュータでの理論開発にもご興味を持たれております。

 一方、新たなVQE ansatzの開発についてのご講演では、Jastrow型テンソル分解を適用してコンパクトな量子回路深さのansatzを開発し、N2分子の三重結合開裂の問題に適用したご研究をご紹介されました。現実的な分子系の量子化学計算を可能にするため、現在は量子コンピュータ上の縮約密度行列を高効率に計算する手法を開発中であり、今後は古典コンピュータ-量子コンピュータの連携手法の開発を検討していくとのことでした。現在知られている有用なansatzは少なく、有望視されているUCC ansatzでも分子の大きさに対して加速度的に量子回路が深くなりNISQでは実行困難となるため、分子の大きさに対して線形にスケールするような新しいansatzの開発が望まれるところです。

 

時間依存多配置波動関数理論(東大准教授 佐藤健先生)

 先生のご専門であるアト秒科学の概要と、それを解明するための時間依存Schrödinger方程式の実時間解法およびその応用例について講義されました。アト秒科学では、電子の運動をアト(10-18)秒で観測・制御することを主なテーマとしています。

 ご講演では、時間依存Schrödinger方程式実時間解法の概要とそのプログラム(下図)についてご説明されました。このプログラムでは、まず基底状態の分子軌道関数ψと展開係数(量子化学的に言えばCI係数)Cを求め、それらを外部電磁場下で実時間発展させています。このプログラムの配置モジュールでは時間依存波動関数の電子相関部分を担っており、この部分に量子コンピュータへの応用が期待されるとのことでした(前回のブログでも「VQEが担うのは電子相関部分」と紹介しており、先生のご説明と見解が一致しています)。また、同プログラムの応用例として、Li原子、Na原子、Mn原子の実時間発展の計算結果がご紹介されました。

 

グループ討論:産業界から量子化学アカデミアへの提案(水上渉先生、倉重佑輝先生、佐藤健先生)

 量子コンピュータの発展のために、産業界が取り組むべきこと・アカデミアへの要望・その他の質問をいくつかのグループに分かれて討論し、それを基に全体討論で発表・質疑応答を行いました。

 各グループ討論ではさまざまな意見が出されましたが、それらは、おおむね以下のようにまとめることができます。これらの意見は、おおむね参加者全員が同意・共有されたものと理解しています。

 ▽産業界で取り組むべきこと
   継続的な投資
   量子コンピュータ利用のノウハウ蓄積
   上記と関連して、非専門家への量子コンピュータの重要性の周知
   理論のわかる人材の育成

 ▽アカデミアへの要望
   新しい量子コンピュータ手法の開発
   有用な応用先の提案
   量子コンピュータの使いやすさの向上
   理論のわかる人材の育成

 その他、「VQE一本鎗では実応用は厳しいのではないか?」「外国と比べても、我が国の量子コンピュータ分野の技術連携(例:ソフトとハード、産業界とアカデミア)は足りない」「産業界で、量子コンピュータの前に、量子化学計算をもっと積極的に行うべき(倉重先生)」「産業界とアカデミアを繋ぐコンサルタント的存在が必要ではないか(倉重先生)」等、活発な討論がなされました。

 

スポンサーセッション:誰もが計算できる研究環境を目指して(筆者)

 QunaSys様のご厚意により、勉強会の最後に弊社のスポンサーセッションを設けていただきました。このセッションでは、弊社で展開している計算化学ソリューション(計算化学ソフト・セミナー・サポート・受託計算等)について主にご紹介させていただきました。

 

基礎コース閉会の挨拶と応用コースの説明(QunaSys CEO 楊天任様)

 QPARC基礎コース参加者への御礼の後、量子コンピュータの現状や展望について簡単にまとめられました。また、2020年10月より開催される応用コース(~2020年12月)について、内容を公にされました。

 

  • 個人的雑感

 「現状の量子コンピュータには解決すべき問題がたくさんあることは事実、しかしそれなりの明るさで未来の可能性が見えていることも事実(内容要約)」という、閉会のご挨拶で楊CEOの述べられたお話が非常に印象的でした。実際、その可能性の明るさが決して小さくないと判断した米国や中国は、量子コンピュータに巨額の投資をしています。他国との競争が最重要というわけではないのですが、我が国においても、アカデミアはもちろん、産業界でも、研究や投資、そして人材育成にしっかり取り組んで、量子コンピュータの可能性の火をどんどん大きくしていかなければならないと思いました。

 さて、勉強会の後は、楽しい楽しい懇親会です(笑)。第6回での懇親会では、ぎこちなかった第1回の懇親会と違って、ある程度気心が知れた「仲間」と、オンラインながら賑やかな空間が築かれました。第1回では、私を含め、皆さん緊張の色が隠せない様子でしたが、第6回ではこんな風に酔っぱらってしまった人もいらっしゃったようですね。残念ながら、本ブログ執筆時点でもまだコロナは収束する気配を見せませんが、いつか、対面で皆様と交流が深められる機会を願いつつ、今回のブログを締めたいと思います。