フラーレンを手術するかのごとく「開胸」し、そこに原子や分子を内包させてからフラーレンを「閉胸」するという「分子手術」法により、いろいろな内包フラーレンを効率的に作ることができます。その際、フラーレンや内包分子の形やエネルギーはどのように変化しているのでしょうか?……そのような過程も、Reaction plusで簡単に計算することができます。
下図は、Ar原子がフラーレンに内包されていく過程のアニメーションですが、Arがまさに内包されようとする瞬間、フラーレンの「口」が大きく開き、そしてArが無事内包されると、また口を閉じることがわかります。このように、フラーレン開口部の構造が変化することにより、一旦内包されたArが再び外にこぼれ出ることを防いでいることがわかります。
この内包過程のポテンシャル曲線を見てみると、遷移状態が2個存在していることが分かります。このうち、フラーレンの「口」が大きく開くのは1つめの遷移状態に相当します。一方、2つめの遷移状態(候補)は今回の計算で新たに発見されたものですが、化学的にどういう意味があるのかについては、今後さらなる検証が必要と思われます。
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図. アルキンがCu錯体に付加する過程(第1段階)(左)とCO2が付加する過程(第2段階)(右)
反応の第1段階では、アルキンが比較的自然に銅錯体に付加します。初めにNEB計算を行って大まかな反応経路を求めた後(左)、遷移状態付近の構造からString計算を用いて精査を行うと、手軽に遷移状態構造や反応経路を最適化することができます(右)。
活性化エネルギーは約10 kcal/molと計算され、実験では室温で反応が進行することと矛盾しません。
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図. 第1段階の反応経路全体(左)と遷移状態構造(右)
第2段階では、この分子にCO2が挿入される形で付加します。同様に、NEB法で大まかな反応経路計算を行い、求まった遷移状態付近の反応経路をString法で精査しました。
CO2はやや強引に割り込むためか、活性化エネルギーは約40 kcal/molと高めに計算されました。この反応は実験では高温にしないと進行しないことが確認されていますので、実験結果と計算結果が良い対応をしていることがわかります。
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図. 第2段階の反応経路全体(左)と遷移状態構造(右)
より複雑に分子構造が変化する反応もReaction plusで計算することができます。この反応では塩化スズを触媒として[3 + 2]環化付加が起こりますが、その際、スルフィド基が隣の炭素に転位しながら五員環形成していることが特徴です。したがって、この反応は(中間体か遷移状態かはともかく)硫黄を含む三員環構造を経由して進行するであろうと予想されます。
この反応に限らず、複雑な反応では何ヶ月かけても遷移状態が求まらないということがよくありますが、Reaction plusを利用することにより、約1日で大まかな反応経路と遷移状態を求めることが出来ました(16並列計算)。
計算結果のアニメーションを見ると、確かに予想通り、硫黄の三員環構造を経由していることが確認されました。
反応経路のポテンシャル曲線を調べると、この3員環構造は遷移状態ではなく、中間状態であることがわかりました。また、この中間体と反応前後の構造の間に遷移状態が存在していることも確認できます。
さらに、この2つの遷移状態構造付近の反応経路の高精度計算を行いました。この計算は、(1)遷移状態構造・活性化エネルギーの高精度化だけでなく、(2)2つの遷移状態構造が始状態構造・終状態構造を繋ぐ反応経路上の中間構造として正しいことの検証にもなっています。
Ruポルフィリン錯体を触媒として、シクロヘキセノンとジメチルブタジエンの環化付加によりオクタロンが生成する反応です。この反応は、通常のDiels-Alder機構で説明できるシス型のオクタロンではなく、むしろ、トランス型のオクタロンが優先的に生成されることで注目されています。
とはいえ、この反応は一旦シス体ができ、その後シス体からトランス体に異性化するということがわかっています。
そこでまず、シス体のオクタロンへの環化付加反応の経路をReaction plusで計算したところ、速やかに収束し、反応経路と遷移状態構造が求まりました。反応の活性化エネルギーは約 20 kcal/mol と計算され、実験では室温で反応が進行することと矛盾しません。また、反応中の分子構造変化を調べてみると、シクロヘキセンとジエンの環化付加は同時ではなく、カルボニルに遠い方の位置から逐次的に起こっていることがわかりました。
一方、シス-トランス異性化反応の計算では、ポルフィリン錯体のカウンターアニオンの重要性を示唆する結果が得られています。
芳香族ホウ素化合物は、鈴木-宮浦カップリング反応などに代表されるように合成化学上重要な分子です。「ホウ素亜鉛アート (borylzincate) 錯体」は高い求核性をもつと期待され、もしこれを系中に発生させることが出来れば、ハロゲン-亜鉛交換反応により、遷移金属触媒を使うことなくハロゲン化芳香環をホウ素化することができると期待されます。
とはいえ、ホウ素亜鉛アート錯体のようなホウ素アニオン化合物は一般に不安定であり、結果として上記のような触媒反応は実現困難であるかのように見えます。しかし、ルイス塩基により活性化されたジボラン化合物からホウ素亜鉛アート錯体が形成されるモデル反応の活性化エネルギーはさほど高くなく、計算化学の立場からは、十分反応し得ることが示唆されています。
実際、このコンセプトに基づき、ジボラン、ナトリウムアルコキシド、およびジエチル亜鉛の存在下で、芳香族ホウ酸エステルが効率的に合成されることが報告されています。
この反応の経路をReaction plusで計算してみると、反応エネルギーが約 15 kcal/mol(吸熱的)、活性化エネルギーが約 20 kcal/mol という結果が得られました。このことは、この反応が熱力学的には不利であるものの、速度論的には十分進行可能であることを意味しており、論文での結論と一いたしています。
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