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奈良先端科学技術大学院大学
畑中 美穂

第30回目のインタビューは、奈良先端科学技術大学院大学 研究推進機構研究推進部門 特任准教授をされている畑中 美穂 先生にお話をお伺いしました。
畑中先生は、理論化学・計算化学を用いて化学反応や機能性材料の機能発現のメカニズムを明らかにし得られた計算データを機械学習をはじめとするインフォマティクスの技術を用いて解析することで新規材料の設計指針を構築することを目指されています。
また、大量の実験データをインフォマティクスを用いて解析することで、データの中から実験成功に直結する因子を抽出し新たな計画指針の提案にフィードバックすることに取組んでいらっしゃいます。

研究内容について

それではまず初めに畑中先生のご研究についてとなります。 畑中先生は、「理論化学・計算化学を用いて化学反応や機能性材料の機能発現のメカニズムを明らかにし、得られた計算データについて機械学習をはじめとするインフォマティクスの技術を用いて解析することで、新規材料の設計指針を構築すること」とされていますが、こちらの研究について、きっかけや、現在に至るまでの流れなどをお聞かせいただけますか。

 私は学部4年生の時に有機合成化学の研究室に配属され、研究室で開発した触媒を用いた反応を、より温和な条件で実現するという研究テーマをいただきました。全く新しい触媒を作るわけではなく、条件を検討するだけなので、簡単そうなテーマだと思ったのですが、実際に実験してみると全然うまくいきませんでした。  研究がなかなか進まず困っていた時、量子化学計算を用いたメカニズムの解析を行っていた同じ研究室の先輩から、「遷移状態がこんな形になっているから、こういう分子を用いれば上手くいくはずですよ」とアドバイスをいただき、その方向性に沿って頑張ったところ、本当に上手くいったのです。そこで、メカニズムが分かれば、暗中模索に色々な実験を繰り返すことなく、指針を持って実験計画を立てられるので、効率良く材料を開発できると思い、理論化学を専門とする研究室に移ることにしました。

研究を進める中で、どういった所にやりがいを感じられますか。

 昨日まで分からなかったことが明らかになる瞬間の爽快感が、研究に駆り立てる原動力になっています。今まで誰も思いつかなかったメカニズムを提案することは、昨日までなかったアイディアを生み出すことなので、とてもわくわくしますね。また、興味ある現象のメカニズムが、既存の計算方法では解析できないという場合も多々あります。そんな時に、新しい計算方法を思いつき、その方法を用いることで新しいメカニズムが提案できたりすると、もう嬉しさ倍増です。  個人的には、「分からなかったことが分かった!」がやりがいの源ですが、やはり最初の研究室が実験(の研究室)だったので、モノができることがゴールだと思っています。メカニズムを明らかにすることは学術的に大変重要なことですが、最終的に目指すことは、より良い材料をつくり出すことです。私たちが実際に材料をつくることはありませんが、よい材料をつくるための戦略を生み出すことは可能です。共同研究をしている実験研究者の方と一緒にメカニズムを解析したり、設計の戦略を提案したりするだけでも楽しいですが、その戦略によって更に良い材料が見つかった時は本当に嬉しいですね。

マテリアル・インフォマティクスについて

次に、マテリアル・インフォマティクスについてお聞きしたいのですが、こちらが従来の計算に対してのメリットとなるのは、どういった所だと先生はお考えでしょうか。

 まだインフォマティクスをどのように活用すれば良いか、色々模索している途中なので、明確にはお伝えしづらいのですが…今までの理論化学はメカニズムを解明することに主眼を置いていたので、最も良い実験結果が出た系をターゲットとして解析を行っていました。メカニズムが単純で、実験結果が一つの要因で決まるような場合は、実験結果をより良くするための戦略を提案しやすいのですが、多数の因子が複雑に絡み合う場合は、戦略の提案がとても困難でした。戦略の提案の難しさの一番の原因は、実験が上手くいった時のことばかり調べて、上手くいかなかった時の理由を調べることに注力していなかったことにあると思います。  上手くいかなかった時の情報も取り入れるには、上手くいった系、上手くいかなかった系を含む全ての系に対して計算による解析を行うべきなのでしょうが、それはとんでもなく大変です。そこで、量子化学計算や第一原理計算―まとめて理論計算と呼ぶことにします―を用いてメカニズムの鍵のようなものを調べておき、その鍵パラメタにその他諸々のパラメタ達を加えたものと、実験結果の間の相関関係をインフォマティクスの技術を用いて明らかにすれば、複雑な系に対しても、実験結果を予測したり、良い実験結果を与え得る候補物質を提案したりできるのではないかと考え、現在研究に取り組んでいるところです。

インフォマティクスを利用するのに計算を使うメリットは何でしょうか。ともすれば、ある実験結果に対して実験条件のパラメタもたくさん作れるのに、わざわざ計算なんかしなくても…という話になりがちですが…。

 何を作るかという問題と、どう作るかという問題は、分けて考えた方が良いです。今のご指摘は、どちらかと言えば、後者の問題で、実験条件と実験結果の間の相関関係を調べたいならば、理論計算が出る幕はあまりないと思います。これに対して、前者の何を作るかという問題については、理論計算を使うメリットがたくさんあります。候補物質の情報を入力することで、その性質の予測値が出力されるシステムがあれば嬉しいわけですが、物質の入力に実験で得られるパラメタを用いてしまうと、まずその物質をつくらなければいけませんよね?例えば、不斉触媒の場合、市販されていないものを合成しようとすると、合成だけで3週間位かかるという状況はよくありますし、さらにメチル基を一つ増やしたい、官能基を変えたい、と考え始めると、その変えたい1つのためにまた3週間、また3週間、というように入力のためのデータの取得に大変な時間がかかってしまします。
 これに対し、物質の入力に理論計算で得られるパラメタを用いれば、入力のためのデータの取得時間を大幅に短縮できます。実際の合成が難しい物質であっても、見たこともないような物質であっても、コンピュータ上では簡単に作れますからね。

機械学習を行うには、できるだけ多くデータを揃えるのがベターで、実験を1万回も10万回もやれば良い学習ができるかもしれないのですが、実験は手間があるからできるだけ回数を抑えたいですよね。その場合、ディープラーニングではなく、化学計算の力を借りると少ない実験回数でも機械学習が可能…いうことでしょうか。

 そうですね。メカニズムが何も分かっていない場合は、入力に用いるパラメタに様々な量を用いざるを得ないので、学習のためには大量のデータが必要になるでしょう。でも、物質の性質は、何かしらの物理法則に従って発現しているはずなので、その関係性を活かした学習を行えば、比較的少ないデータ数でも学習が可能ではないかと考えています。 例えば、着目している性質が、分子レベルのミクロな量で決まっていそうだという感覚がある場合、物質の中の電子の性質を表すパラメタや物質の形状を表すパラメタが適切に含まれていれば、ニューラルネットワーク等ではなく、もっと単純なアルゴリズムの学習方法でも割と回る―それこそ線形回帰や、それに少し毛が生えたような方法でも太刀打ちできると考えています。分子レベルのミクロな世界のことは、ハミルトニアンが分かれば分かる!と豪語されてきた方も多いと思いますが、ハミルトニアンの中身は、様々な効果の足し算で表されていますからね。逆に、マクロな性質に着目しているのに、ミクロな量だけを入力パラメタに用いて学習しようとしても、少ない数のデータではなかなか太刀打ちできないと思います。  ある程度、メカニズムの情報をつかんでおくことで、適切なパラメタを選びやすくなり、適切なパラメタが選べれば、少ないデータからでも実験結果を予測できるモデルが作れると考えていますが、これはデータ数が少なくても良いという意味ではありません。データ数はあればあるほど良いです。様々なパラメタを入力に用いる学習を行えば、メカニズムに直接関わるパラメタだけでなく、材料の性質に少しずつ影響を与える様々なパラメタが見えてきます。このような少しずつ影響を及ぼすパラメタ達を見つけることがインフォマティクスの強みですからね。

ありがとうございます。では、これからマテリアル・インフォマティクスを始めたいという方も多いと思うのですが、これからマテリアル・インフォマティクスを始めるに当たって、どのようなことが必要か等のアドバイスを頂けますか?

 データをきちんと残しておくこと、包み隠さず共有すること、検索しやすい形で保存しておくことです。初歩的なことに聞こえるかもしれませんが、意識的に行わないと、なかなかできないことだと思います。
 例えば、今まで研究室で行ってきた実験のデータを用いて学習を行おうと思った時、まずはデータの集約から始める必要があります。うまくいった実験の結果は、論文や報告書にまとめられていても、うまくいかなかった実験の結果は、きちんとまとめていないケースが多いと思います。そうすると、実験ノートを引っ張り出して、1ページずつ確認していかないといけなくなりますね。これはなかなか大変です。データの集約を簡単に行えるようなシステムを作ること―例えば電子実験ノートの活用等―が望ましいと思います。 また、研究者が実験を繰り返すことで経験値が上がってくると、実験が上手くいっていない時に、きちんとした測定を行わなくても上手くいっていないと分かってしまい、実験を途中で打ち切る…なんていう場合も多くあると思います。しかし、インフォマティクスの解析には、うまくいかなかった実験のデータがとても大切です。うまくいっていないと分かっていても、きちんと測定を行い、データとして残しておくことを意識していただきたいです。
 理論計算によるデータ集めは、そもそもデータがコンピュータ上にあるので、実験によるデータ集めよりもシステマティックにできると思います。当研究室の場合、私が以前所属していた近畿大学で、卒研生にコツコツ集めてもらった計算データがあるのですが、何人かの学生が分担してデータ集めをしているので、データの場所があちこちに分散してしまっています。これを私が集約するのは大変なので、特定の形式のファイルを見つけると自動的にデータを回収するシステムを導入することで、データ集めの担当者が変わっても、対応できるようにしています。

人工力誘起反応法(AFIR法)について

ありがとうございます。
次の質問は少し話題を変えて、北海道大学の前田先生が研究開発された人工力誘起反応法(AFIR法)についてお話を伺いたいと思います。畑中先生はAFIRを使った研究も多数発表されておりますが、AFIR(の使いこなし)は非常に難しいというユーザーのご意見をよくお聞きします。AFIRのユーザーとしての有効な使い方などをお伺いできるとありがたいです。

 「入力ファイルに化合物を書き込むだけで、様々な生成物に至る反応経路が自動的に得られます」というキャッチフレーズを聞くと、何も考えなくても出発物質から生成物までの過程が自動的に得られるのだと勘違いされる方が多いのですが、いくつか念頭に置いていただきたいことがあります。
 まず、入力ファイルに含める化合物の種類と個数は、ユーザーが責任をもって選ぶ必要があり、この選択が適切でないと計算もうまくいかないということです。化合物Aと化合物Bから化合物Cができる反応であっても、2つのAが反応に関与するというケースはよくあります。この場合、化合物Aは2つ分入力しておかないと、真の反応経路は得られません。反応系が大気にさらされているケースは、酸素や水分子の関与も考慮すべきです。また、多くの有機化学反応の場合、反応終了時に水や酸を入れますが、この段階でプロトン移動が起き、最終生成物に至っている可能性もあります。この場合、反応開始時にフラスコに入れた化合物だけを考慮した計算を行っても、最終生成物にたどり着く反応経路は見つかりません。そのため、化合物Aと化合物Bの反応の経路を調べる際は、「A+B」以外にも、「A+B+水」、「A+B+酸素」、「A+B+酸素+水」等々の計算を並行して検討します。
 また、GRRMプログラムの中には、AFIR法をはじめ、様々な計算方法が搭載されており、それぞれの特徴をある程度知っておくことが、使いこなすための鍵になると思います。例えば、化合物AとBからCができる反応で、「A + B→中間体D→生成物C」という経路と「A + B → 副生成物E」という経路が存在するとします。この場合、GRRM14から搭載されているMC-AFIR法を用いると、「A + B」を入力することで、「A + B→ D」と「A + B→ E」の反応経路は見つかるはずです。この結果を受けて、ユーザーが、「Dのみ」「Eのみ」「A+D」等を書き込んだ入力ファイルを用意し、再びAFIR法を適用することで、「D→C」の経路を得ることができます。
 「A + B」の入力に対して、「A + B → D → C」の経路が得られず、「A + B → D」で計算が止まってしまうことに困惑している方をよく見かけます。1回のMC-AFIR計算で最終生成物にたどり着かなかった場合は、探索で得られた構造に対して再びAFIR法を適用する、というサイクルを自分で繰り返す必要があるのだということを認識していただければと思います。ちなみに、この繰り返し作業は、GRRM17から搭載されているSC-AFIR法を用いることで、自動化することも可能です。

実際に使っているユーザー様に聞いた話では、分子の配置の仕方によって結果が変わってくるとのことですが…。

 確かに人工力のかけ方によって結果は変わってきます。私も、何も分からない状態でトライする時は、人工力のかけ方を少なくとも3~4通り検討し、どのような人工力をかけると、どのような反応経路が得られるか、様子を見ながら進めています。もし、全く何の反応も進まなかった場合は、かける人工力の大きさを変えるのではなく、人工力をかける原子群の選び方を再検討していただくのが良いと思います。
 あと、力を「押し付ける」というイメージが強過ぎて、原子同士をくっつけることだけに注力されている方が多いように思いますが、結合を切るための「マイナスの」人工力が必要になるケースは多々あります。原子同士を押し付ける力だけをかける計算で上手くいかない場合は、原子同士を押し付ける力と引き離す力を同時にかける計算を試してみることをおすすめします。

なるほど、引き離す力ですか。それはAFIRを使いこなすために、かなり重要ポイントですね。

 はい。これは私の中ではマストなポイントです。有機電子論の矢印を描いてみると、結合ができる部分だけでなく、切れる部分にも矢印が描かれることに気付くはずです。実際に、理論化学をご専門とされない方も、有機電子論の矢印が描かれる部分には全て人工力をかけると意識していただくと、かなり使いこなせるようになるそうです。単純な有機化合物の反応の場合は、有機電子論の矢印通りに力をかけるだけでも重要な反応経路が得られると思いますが、金属原子を含む系の反応や光反応の場合は、その限りではないので、とにかくあちこちに人工力をかけて様子をみることをおすすめしています。

それは例えば、デフォルト値を設定するなどして、ある程度自動でできないものなのでしょうか?

 GRRM17から搭載されているSC-AFIR法を使うと自動化が可能です。ユーザーが、反応しそうな原子群―ターゲットと呼びます―を指定すると、プログラムがターゲットの中からランダムにいくつかの原子を選び、その間に押し付ける人工力や引き離す人工力をかけて反応経路を探索します。また、探索で得た中間体構造に対しても同様にランダムに人工力をかけて反応経路を探索するので、出発物質を入力するだけで、そこから色々な中間体を経て最終生成物に至る経路を自動的に見つけることができます。このやり方でかなり全自動探索に近いことはできますが、計算の途中結果(特に中間体構造)を見ていると、「この中間体が得られるなら、酸素を加えることでこんな反応が進みそうだ」とか、「スピン多重度が変わったら更に安定な中間体ができそうだ」とか…色々アイディアが浮かんできます。そのため、SC-AFIRの結果を見ながら、並行して様々な計算を行いたくなるので、実際は、手動で色々な追加計算を行っています。
 SC-AFIRの出力ファイルには、どこに力をかけたか、その結果どのような経路が得られたか、という履歴が全て書いてあります。その履歴を見続けることで、どのような人工力をかけると、どのような反応が起こるのかというパターン認識ができるようになり、AFIRのコツがつかめてくると思います。最終結果が出てくるまで放ったらかしにするのではなく、途中結果をよく見て考えることが大事ですね。

AFIR計算は、どのぐらいの時間がかかりますか?

 一つの構造から、次の中間体構造に至るまでの経路の探索のコストは、一般的な構造最適化のコストと同程度だと思っていただくと想像しやすいでしょう。50原子程度の反応系でしたら、一晩くらいで1ステップ分の近似的な経路が得られます。近似的な反応経路を得た後、―手練れはここから遷移状態の構造最適化に直接移行しますが―慣れていない方は、GRRMプログラムに搭載されているLUPという機能を使った上で、反応経路のエネルギープロファイルを見るのがよいと思います。反応が進みそうか否かを判断するだけであれば、きちんと遷移状態を最適化しなくても、LUPのエネルギープロファイルを見れば十分だと思いますので、その場合は、もう1晩あればできます。ですので、50原子ぐらいの系では、取りあえず2晩ぐらい待てば、1ステップの反応エネルギープロファイルの様子が分かるはずです。
(注:16並列計算の場合)

意外と速いのですね。

 人工力のかけ方が怪しかったりすると、もっと時間がかかると思いますけどね(笑)。あと、AFIR法で求めるのは近似的な経路なので、計算レベルもあまり高精度なものを用いなくても良いと思います。例えば、AFIR法による探索の段階では小さな基底関数6-31Gを用い、LUPや構造最適化を行う際に大きな基底関数に変える、というように、計算のステージ毎に計算レベルを変えると効率良く進められると思います。あと、化学反応に内殻電子が関わるケースはほとんどないので、高周期の原子には、必ず有効内殻ポテンシャルを使います。

分極関数は、それなりに効果的なイメージがありますが…。確かに、ラフな議論に関してはそうかもしれませんが、遷移状態を精密に求めたいという場合にはどうしたらよいのでしょうか。

 構造最適化をする段階になってから計算レベルを上げれば良いと思います。私の研究室では、高精度の量子化学計算を用いたAFIR計算は、計算時間がかかるだけなので、やらないように指導しています。また、論文に計算結果を掲載する場合は、きちんと構造最適化を行う必要がありますが、計算結果を公表しない場合―企業の方で、社内での検討にしか利用されないという場合等―は、構造最適化をせずとも、LUPで得られる反応エネルギープロファイルだけで十分議論が可能です。その場合は、LUPの段階から計算レベルを上げることをおすすめしています。

大変貴重なご意見、ありがとうございます。現在のご研究は、産業的にはどういった応用が考えられますか?

 はい。企業さんと共同研究する際、今ある材料をどう改良すべきか教えてほしいという依頼をよく受けます。化学においては条件を「少し」変えることで、結果が「大きく」変わることが少なくありません。ただ改良するだけでも、ゼロから開発し直しするのと同程度の労力が必要になってしまうことが多々あります。そのため、どこを変えると、どのような影響が生じ、結果がどう変わるのか、というメカニズムが少しでも明らかになれば、材料設計の方向性が決めやすくなったり、候補物質を挙げやすくなったりするため、材料開発の加速に貢献できると思います。

この「少し」というのが、キーワードのような気がします。本当に一から設計し直さなければならない場合は、計算は却って非効率的で、行われないのではないでしょうか。

 そうですね、例えば失敗した実験のデータしかなく、何をどうしたらいいか暗中模索という状態の時に理論計算ができることは多くないかもしれません。もちろん、貢献出来るときもありますが、いつもできます!とは言い難いのが現状です。しかし、成功例が1つでもあれば、成功・失敗を分けた要因を理論計算によって見つけ出せる可能性があるので、理論計算が開発の効率化に貢献できると思います。

畑中先生が、将来的に思われている研究の先、こういうことをしたいなという展望などを教えていただける範囲でお伺いできますか。

 「マンパワーに頼らない効率的材料開発」を可能にするための戦略・体制作りです。私自身は実験をしませんが、材料の設計指針を作ることで、新しいモノ作りに貢献したいという気持ちをずっと持っています。理論計算によって材料設計の指針が提示されれば、少ない実験回数で効率的な材料開発が可能になることは間違いありません。ただ、現段階では、多数の実験による検討と計算によるメカニズム解析のタイムスケールを比べると、実験した方が早いケースが多いと思います。実験と計算がお互いの情報をフィードバックし合いながら開発を進める体制を「当たり前」にするためには、計算側の大幅なスピードアップが不可欠です。インフォマティクス技術をうまく取り入れながら、この問題を解決したいと思っています。

実験をされないのは何かこだわりのようなものがあるのでしょうか?

 こだわりがあるわけではありませんし、実験が嫌いなわけでもないのですが、学部4年生の研究室配属の際に、自分が大変不器用であることを自覚して依頼、実験は実験のプロにお任せすることにしています。あと、興味あるターゲットがたくさんあるので、理論計算だけで手一杯になっていることも、自ら実験するという方向に向かないことの一因になっているかもしれません。
 理論研究の良い所は、研究ターゲットが変わっても、必要な設備が「紙と鉛筆と計算機」から変わらないことです。面白いターゲットを見つけた時、勉強さえすれば、資金ゼロでも参入可能なのです。面白そうなターゲットは、論文や学会で見つけてくることが多いですが、国内の実験屋さんから、公開前の実験結果を伺ったことがきっかけで、研究に乗り出すこともあります。実験屋さんからお話を伺って、すぐに研究の方向性が分かる場合は、共同研究を開始しますが、中には、何をどう計算すれば良いのか、皆目見当がつかない場合もあります。そのよう場合でも、頭の片隅に置いておいて、良いアイディアがひねり出せないかちょくちょく考えたりしています。
 様々なターゲットについて研究していると、ケーススタディーが増えるだけで、包括的な研究ができないのではないかと思われるかもしれませんが、全く異なるターゲットの研究を通して得た視点・経験が、思わぬ形で活かされることも多くあるので、研究ターゲットはあまり縛らず、幅広くアンテナを張るようにしています。

そのためには、実験研究者の方々とのコミュニケーションが重要だと思いますが、何か工夫されていることはございますか?

 例えば、有機化学反応の世界だと、実験屋さんにも理論屋さんにも、反応のエネルギー、活性化エネルギーを計算すれば、反応性や選択性が分かるという共通認識があるので、共同研究を開始するためのコミュニケーションは、そんなに難しくありません。
 工夫が必要なのは、今まで計算が行われていなかった分野に挑戦しにいくとき、つまり、何を計算したらどのような利点があるかという共通認識がない分野にいくときです。自分の知っていることと、相手の知っていることに、多少の共通項がある程度の状況では、共同研究はなかなか進みません。どちらか一方が―理想的には双方が―相手の分野のことを深く理解し、相手の分野の目線で議論できるようになることで、はじめて共同研究が大きく進展すると思っています。そのため、相手の分野について勉強する時間を意識的に割くようにしています。まず相手と同じ言語でしゃべれるようになるために、下準備勉強期間を設けます。
 実験屋さんが修士課程の段階で読まれる教科書を読みこんでいくと、その分野ではどのような法則(経験則)が定説になっているかがわかります。学会にも足を運び、色々な発表を聴いていると、その分野における「考え方のテンプレート」のようなものも見えてきます。「Aが理由でBが起きた」と多くの人が考えていても、実はAとBには相関関係があることが経験的に知られているだけで、因果関係があるわけではない、ということは、結構よくあるものです。その分野の定説が、どのような情報を元に構築されたのか、きちんと把握できていれば、私たちが提案する理論が定説と異なっていたとしても、その理由を納得していただけます。逆に、そのような事情が分かっていないのに「こちらの分野の研究ではこのような結果が得られました」とだけ言うと、「いやいや、こちらの分野の考えと合致しません」と話が食い違ってうまくいかなくなってしまったりします。
 ですので、相手の分野における定説と定説が生まれた経緯を勉強することが大切だと思います。

教科書を読むのはかなり大変だと思いますが、何かコツはありますか?

 まず、学会のポスター会場等で学生さんたちに聞き込みをします。最初から格式高い教科書で勉強しようとすると、なかなか障壁が高いので、学部レベルの教科書からスタートし、徐々にレベルを上げていくことで、途中で挫折しにくくしています。あとは、新しく目をつけたターゲットに、自分がどの程度強い興味、執着心を持てるかにかかっていると思います。

弊社の計算機を長年ご利用いただいておりますが、現在の研究室の計算環境はどのようになっていますか?

 毎年予算に応じて、少しずつ仕様の異なる計算機を増設してきたので、計算機毎のスペックが異なるのですが、24~44コアの計算機が、現段階で38台あります。計算機はいつも大混雑しているので、共同利用施設の計算機も併用しています。

弊社の計算機を選ばれている理由があれば、お聞かせいただけますか。

 メンテナンスをお願いできることが一番の理由です。初めて自分の予算を取得した際、どのように計算機を選べば良いのかも、購入後にどのように管理すべきなのかも分かっておらず、どうしたものかと思っていたところ、HPCシステムズさんなら、ネットワークもジョブスケジューラーもハードメンテナンスも全部お任せできると伺って購入を決めました。
 何か問題が生じた際、解決策を自力で調べようと思えば調べられるのだと思うのですが、気軽に相談に乗っていただけるので、メンテナンスに割く時間が短縮できて、とても助かっています。また、保証期間が長くて、期間内ならば壊れても無料で交換していただけるので、その点も安心です。

今回、畑中先生が2人目の女性研究者インタビューとなります。日本の研究者では、女性はまだ15~16%ぐらいとお聞していますが、女性研究者が少ないことに関して何かご意見を頂ければと思います。

  自分の専門分野はもちろん、他の分野の学会等に行った時でも、名前と顔を覚えていただきやすいので、そのような意味では得だと思っております。学生の時から今に至るまで、大学や学会の中で、女性だからという理由で苦労する点は特にありませんでした。
 物理・化学分野に限って言えば、大学の理工系学部における女子学生の人数が少ないので、それが女性研究者の割合の低さに直結していると思います。なぜ物理・化学分野の女子学生比率が低いのか明確には分かりませんが、なんとなく、子供の頃から科学や技術に触れる機会が少ないことが一因になっているように思います。車の玩具が大好きだった子供が、車が動く仕組みに興味を持ち、車を開発する技術者を志す…よくあるケースですよね。でも、車の玩具と言えば、男児向けというイメージを持つ方が多いのではないでしょうか?私も子供の頃与えられていた玩具を思い出してみると、人形やぬいぐるみ、おままごとセットはたくさんあっても、車や電車の玩具は全くありませんでした。そう考えると、科学や技術に興味を持つきっかけが、女子学生には少ないのかもしれません。

女性が働きやすい環境は、企業とかだと在宅とかフレックスとかいろんなそういった制度を導入するなど、男女が差別なく働けるようなダイバーシティーの推進をされていると思うのですが、大学でも何かそのような制度はあるのですか?

 ありますね。キャンパス内に、相談センターや、妊娠中・授乳中の方のためのスペースを設けている大学は増えてきていますし、大きな大学の場合ですと、キャンパス内に複数の保育所があったりもします。奈良先端大の場合は、保育所はありませんが、託児スペースや出張中の保育料の支援等があります。あとは、タイムカードがないので、在宅でも仕事できるといえばできます。実験の研究室の場合は、遠隔ではできない作業が多々ありますが、奈良先端大には、実験を補助するアカデミックアシスタントを配置するという制度もありますので、時間をやりくりするための支援制度は少しずつ整ってきていると思います。ただ、研究には、深く考えるためのまとまった時間が必要です。新しいことを考えるという作業は、細切れの時間に少しずつタスクを消化するのとは全く違うので、時間をやりくりできればOKという問題でもないところが難しいところです。
 また、大学の数・ポストの数は限られているので、働く場所を選ぶのはとても難しいですし、一つの大学の中で勤め上げるというスタイルも減っているので、家族全員が一緒に住めないというケースはかなり多いと思います。良い条件の公募が自分の都合の良い時期に出てくるとは限らないので、チャンスが来た時に迷わないよう、予め自分の中の優先順位をしっかり考えておくことが大切だと思います。職を得た後であっても、最近は期限付きの職が多いので、長期的なスパンでの研究計画を練るだけでは不十分で、短期的なスパンでの研究成果も出していかないといけません。こういった短期的な成果とライフイベントを天秤にかけざるを得ない現状を鑑みると、人生設計を立てにくい大学の仕事は、女子学生にとって良い選択肢に見えないかもしれないな、とも思います。ただ、世の中には、二女妊娠中にほとんどワンオペ育児状態の中、コヒーレント・ポテンシャル近似をご発表されたという米沢富美子先生の武勇伝もありますので、無理だと諦めずに試行錯誤を続けていけば、自分にとって良いスタイルを見つけられるのではないかと思います。

これから研究を始める学生さんに対して

なかなか難しい問題もありますね。では、最後の質問です。これから研究を始める学生さんに対して、この研究室や、先生がされている研究の魅力など、伝えたいことがあれば、お願いします。

 高校までの化学は、数学や物理と比べて、暗記科目のようなイメージを持たれがちだと思います。そのため、暗記科目が好きでない学生さんは数学や物理を選ぶ傾向がありますが、実際の化学の研究の世界は、全く暗記の世界ではありません。私たちが目指しているのは、今まで暗記していた(させられていた?)謎の経験則たちの裏にある真の理由を見つけ出すこと。そして、その情報を元に、もっと効率よく材料を探し出すための戦略を練ることなのです。私たちの生活を支える様々な材料・素材・化学製品には興味があるけれども、暗記科目は好きじゃないという人には、理論化学がぴったりです。私自身もそうでした。数学、物理が好きな学生さんたちにこそ、この分野にどんどん参入してもらいたいなと思っています。

大変貴重なご意見の数々、ありがとうございました。

畑中 美穂 先生のプロフィール

  • 研究者紹介:
    奈良先端科学技術大学院大学
    研究推進機構 研究推進部門
    (兼 先端科学技術研究科 物質創成科学領域
    データ駆動型サイエンス創造センター) 特任准教授
    JSTさきがけ研究員
  • 主な研究テーマ:
    1. 自動反応経路探索を用いる触媒反応の機構解明
    2. ランタノイド発光材料の発光・消光過程の解明と新規材料設計
  • 研究室URL:
    奈良先端科学技術大学院大学 マテリアルズ・インフォマティクス研究室
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