専門家として学び続ける
『働きながら博士号取得』

業務で多忙な中、見事、博士号を取得した我々の仲間、Uさんの事例を紹介いたします。

――まずは現在の研究内容を差し支えない範囲で教えていただけますか?


理論化学におけるデータサイエンスの応用です。機械学習などの手法を用いて、複合系のシミュレーションを効率的に行うためのものです。

――働きながら博士号を取得されたとお聞きしました。いきさつを教えて下さい。


私は、大学院の博士課程で単位を取得後、思うところあって企業に就職しました。この場合、PhD(博士号)を取得したことにはなりません。さまざまな道を模索していた時期だったのだと思います。しかし、当社に移り数か月後には、上司との話し合いでPhDを取ろう、という方向に心が決まりました。もちろん、PhDを取ることだけが正しい道だとは思いませんが、周囲の環境や後押しが、自分の進むべき方向を見定め、決断へと導いてくれたことは間違いありません。

――決意を新たに、研究を開始されたのですね。


そうです。大学院の学生時代にお世話になっていた研究室で、今度は受託研究員(企業等の研究者を大学院が研究員として受け入れる制度)として研究を始めました。
しかし、物ごとはそううまくはいかないもので、そのときの会社の戦略に沿った技術に正攻法で取り組もうと躍起になっていたためか、なかなか思うように進まず、とても苦戦しました。

――苦しい時期があったのですね。どのように乗り越えたのですか?


それまでは、研究進捗を文書で報告していたのですが、ある時期から月一回の報告会を持つようにしました。上司はじめ相談役になってくれる方々は、ドクター揃いの優秀なメンバーなので、とても刺激になりましたしお尻もたたかれました(笑)。面白いもので、ちょうどそのころ、それまで苦戦していた方向性とは全く別の新しいアイデアがひらめいたのです。
ぱぁっと目の前が開けたように感じました。もちろん、うまくいく保証はないのですけれど、チャレンジできたことはとてもうれしかったです。所属研究室の研究領域にもフィットしていて、それからは、比較的順調に研究が進み、無事PhD取得に至りました。

――すごいですね! お風呂とか、早朝とか、ひらめくときの決まりごとなどあるのですか?


私は、それはないですね(笑)。ただ、やはり、突然ひらめいたように思えても、これまでやってきたことの蓄積、苦しんで考え続けてきたことの積み重ねが根底にあり、それが何かの刺激でふっと結実するのだと思います。なので、刺激に富んだディスカッションはとても大切なものだと思います。
また、初期に格闘していた手法は、今でもさまざまな局面で使っています。なにごとも無駄にはならないと身に染みています。

――博士論文の技術について、今後、どのような展開を考えられていますか?


今回見出した方法は、汎用性が大きいものです。お客様のやりたいことに合わせてモデルを最適化して提供するとか、委託を受けて計算を行うことも可能かと思います。ゆくゆくはソフトウェアとしてパッケージ化し、商品化できればと思っています。

――とても楽しみです。ところで、働きながら研究を続けられる上で、生活面で困ったことなどはありませんでしたか?


ちょうど、コロナ禍でしたから、さまざまな制約を受けました。しかし、私の研究は計算機を相手にするものなので、デジタルトランスフォーメーションとは相性がいいのです。私自身も、独りでじっくり考えるタイプですから、在宅ワークができたのはむしろプラスでした。
個人的なことですが、今小さい子供がおりまして、だんだんと自宅も静かな環境ではなくなってきましたから(笑)、個室を確保できる地方へ引っ越すことを考えています。在宅ワークならではの選択なので、コロナ以降も在宅ワーク奨励の方向へ舵を切ってくれた会社には感謝しています。

――では最後に、進学か就職かで悩まれていたり、自分のやりたいことは何なのか、と悩まれている後進の方々に、何かアドバイスがあればお願いします。


アドバイス以前にまず自身の反省をしたいです。もっと早くに自分の特性を見極めて、それを自覚していれば迷いは少なかっただろうと。 例えば、なにかを成し遂げることを登山にたとえた時、人の勧める踏みならされた道を行くか、あえて異なる道を行くか、選択するのは自分です。踏みならされた道は、道幅も広く、通る人も多いので、多くの場合にはよい道なのです。しかし、後になり自分は違う道を行きたかったのだと気づいたとき、大きくやる気をそがれてしまいます。
とはいうものの、正直私は、適当に脇道に入っては、やっぱり踏みならされた道にすればよかったと後ろ髪をひかれたりもしてきました。自分はどちらを行きたいのか、しっかり考え、そして自分で選択した、という自覚をもっていれば後悔をしなかったのかなと思います。登り切れなくても次の登山に生かしやすくなると思いますし。

私はなんとなく進み始め、振り返っては言い訳を考える日々を送っていますが、今は「これをやりたい」ということを明確に決めて、一歩一歩進めていっています。
そんな中で一つ私の思いを述べるなら、だれも先のことは分からない、人の行かない道は、歩きにくく迷うことも多いですが、その道の途中にまったく違った新しいゴールが出現することもあるかもしれない、ということです。一言で言うと「人間万事塞翁が馬」ですね。

――ありがとうございました。

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