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鳥取大学
矢島 啓

第9回目のインタビューは、鳥取大学大学院工学研究科 准教授 矢島 啓先生にお話をお伺いしました。
矢島先生が所属される土木工学コース 水環境グループでは、湖沼・ダム貯水池、エスチャリーを対象に現地観測と数値計算を行い、水に関する諸問題を研究し、問題解決を図ることにより人々の生活がより快適にかつ安全になることを目指しています。

本日はよろしくお願いします。

– まず始めに、先生のご研究は 「湖沼・ダム貯水池における水環境、洪水ポテンシャルについて」と書かれていましたが具体的にどのようなことをされていらっしゃいますか?また、いつごろからこの研究に取り組まれていらっしゃるのですか?

 私の研究は主に、WRFELCOM-CAEDYMという2つのモデルを用いて、豪雨のシミュレーションや、ダムや湖の水環境に関するシミュレーションをしています。
 WRFによるシミュレーションでは、気温や風向き等の気象の初期条件や境界条件として、アメリカ環境予測センターNCEP (National Centers for Environmental Prediction)を利用しています。そこで取得したデータをもとに、過去の大雨が降った時のシミュレーションをし、いくつか条件を変えたりして将来的にどこでどれくらい強い雨が降る可能性があるのかということを推定しようとしています。この研究は、災害の危険性あるいは重要度の高い首都圏を対象とした方がいいということもあり、主に利根川での豪雨を取り上げています。研究は社会人ドクターの研究テーマでもあります。また、国土技術研究センターという一般財団法人から研究助成を受けています。
 私は大学のドクター時代に大雨の研究をしていました。もともとは修士課程修了後に、東京の土木系コンサルタント会社に就職し、関東周辺の河川の洪水対策に関する業務に携わっていました。その会社でした仕事の一つとして、環七の地下河川(神田川環七地下調節池)による洪水対策の検討業務がありました。そこで行った雨に関する解析が面白く、母校の京都大学に学生として戻り雨の研究をするようになりました。最終的にはれくらい大きな洪水が発生するのか(我々は未だ経験していないけれども)これくらいの規模の大きな洪水が発生するであろう…というのを評価したかったのです。

  鳥取に赴任後しばらくはこの研究を続けていたのですが、少し中断していました。その後、東日本大震災における想定以上の津波が発生した際、洪水についてもきちんと評価していかないといけないという必要性をあらためて感じ、研究を再開することにしました。
 一方ELCOM-CAEDYMを用いたシミュレーションでは、平成15年から国土交通省からの委託で、一昨年できたばかりの殿ダムの水環境に関する研究を行いました。
 現地調査と(ダムができていない段階では)データがないため、近くのダムのデータを参考にしながらシミュレーションを行い、ダムができた後の水質がどのようになるのかということを予測する内容です。 約8年かけて行った研究で様々な経験をすることができました。最終的に作り上げたモデルを利用して、殿ダムの湛水試験(はじめてダムに水を貯める試験)時の、水のたまり具合やダムから放流される水温の予測を行いました。また現在は、ダムの管理支所にあるシステムにおいて、同じモデルを用いたリアルタイムの水質予測シミュレーションが行われています。

以前、湖山池における流れと水質の関係というテーマで研究されていたようですが現在は行っていないのですか?
また、湖山池の研究当時、計算機はどのような用途で使われていましたか?

はい。現在は行っていません。以前、5年間ほど、湖山池に関する研究をしていました。
湖山池は池と呼ばれるものの中で日本最大の湖と言われています。また、海水と淡水が混じる汽水湖です。汽水湖では、海水の入り具合によって湖の塩分濃度が変わるので、塩がたくさん入ってしまうと農業に使えなくなってしまうのですが、地元の漁業の人々は塩分が高い方を望んでいました。水門によって管理をしているのですが、農業の人々にとっては海水を入れて欲しくはなく、漁業の人々にとっては、海水を入れて欲しい…と言うような、相反する意見があり、間に立つ研究者にとっては研究し辛い環境になり、他の場所に研究フィールドを移しました。
計算機に関しては、現場(湖山池)で観測機器を使って水温や塩分、流れなどを測るのですが、現場で測るといっても全てを測るのは難しく、限られた場所と時間でしか測れません。
 それらを補完するのがコンピューターシミュレーションです。最終的にはコンピューターシミュレーションで計算して、海水が湖にどのように入ってくるのか、水質がどのように変わっているのか等を知り、問題があった場合にどのような対策をとれば改善されるのか…ということを計算していました。

過去にいくつか共同研究されていたようなのですが、現在は、共同研究はされていますか?

 現在はJST(科学技術振興機構)のクレストという事業のもとで行われているある共同研究プロジェクトに関わっています。私がメンバーとなっている課題は「気候変動に適応した調和型都市圏水利用システムの開発」というタイトルです。タイトルだけだとよく分からないですよね(笑)
 これは、将来の水資源に関する研究が対象で、温暖化がらみで、将来雨が増えたり、減ったり…雨が降って川に水が流れるのですが、川の水や地下水や再生水(下水を再利用)を利用するにあたり、将来どのような問題が起き、その際にどのように組み合わせて水を有効利用していくかを考えましょう…という環境問題に関する研究です。
 私の担当はダムにおける水量と水質の将来予測です。あるモデルによると、気温は、首都圏で60年後に約3度上がり、洪水と渇水のリスクがともに高くなると予測されています。となると、それに伴いダムの水を取り巻く環境も大きく変化する可能性があります。シミュレーションを行い、将来の環境問題にいかに適応していくかを今のうちから考えることがとても重要だと思います。

先生が共同研究される中で、特に印象深かった研究がございましたらお教えいただけますか?

 共同研究は現地調査を伴うものが多くありました。やはり現場の観測は楽しいものです。現地で失敗したりすることもありますが、毎回良い思い出になりますね。
 基本的に船で水に出ての調査のため、気象条件に大きく左右されます。もともと条件の合いそうなタイミングを狙って行くのですが、なかなか思うとおりに行かない時もあり、そういう時は納得のいかない結果になってしまいます。逆に、気象条件に恵まれ、結果として良いデータが取れた時はとても満足度は高いですね。この辺りですと、宍道湖の調査もするのですが、少し荒れた天気の時の方が調査をしたいタイミングですね。

 というのも濁った水の動きを調べたいので、風があるときの水の濁った状態が必要なのです。が、「風が若干ある時」というタイミングがとても難しいんです。凪だと水が濁らず、荒れると船が出せなくなってしまうので、ちょうど頃合いが良い状態でないとなかなか現地で良いデータに恵まれません(笑)
 また数年前、千葉ポートタワー前の千葉港で観測をしたのですが、その辺りは東京湾の底から酸素のない水の塊が湧いてきて青潮という問題を起こすことがあります。それは、酸素がないことが原因なので、強制的に水中に酸素を送るという大規模な実証実験を国土交通省がしていたのに合わせた観測でした。
 そうすると、装置の周りに酸素が出ているはずなのが、流れによってある方向に酸素も流されます。そこで、どこまでどのように酸素がいっているのかを船の上からセンサーを降ろして酸素がある場所を追跡していくのです。まるで鬼ごっこのようで、とても楽しい観測でしたね。
 その後、その観測データをもとにコンピュータでシミュレーションし、それらが再現できるかどうかを確かめるんです。基本的に、現地+コンピューターシミュレーションというはセットで行います。

これまで先生が発表された論文は数多くございましたが、そのうち、2件ほどこちらで選ばせて頂きましたので、これらの研究テーマについて、より詳しくお話をお聞かせいただけますか?

■ 温暖化の季節パターンの変化がダム貯水池の水質に及ぼす影響
 埼玉県の秩父にある浦山ダム(東京都民にも水道水として利用されています)を対象に、ダムの60年後の予測を行っています(平均3℃弱水温が上がる等)。3大学の共同チームで研究は行われており、2つ大学の研究で将来における気象や川での洪水の予測をWRFなどのシミュレーションによって計算しています。そして私がそのデータの提供を受けてダムでどのようなことが起こるかをシミュレーションしています。
 研究で用いられている将来予測データは、世界に20以上あるGCMモデル(Global Climate Model)のうち、いくつかのモデルによる予測結果を使用しています。

 ある1つのモデルを使った研究結果で出た気温ですと、2070年までに約3℃の上昇、ダムへの流入量(洪水)は平均20パーセント増(洪水が増える予測)、また、このデータの解析ですと、洪水も増えれば渇水も増えるという予測になっています。水資源としては、1年通してコンスタントにあると水は使いやすいですが、多かったり少なかったりと、差が激しいと使いにくくなってきます。その時にダムをどのように運用したらよいかが問題になっています。
 一次元モデルで計算していたころは計算負荷があまりなかったのですが、今は計算機も速くなったので、三次元モデルで20年分の計算をしているので、やはり少しでも早いコンピュータが必要になりますね。ただ、少しずつパラメーターを変えたシミュレーションをし、その結果を見られるのが3、4日後なのですが、もしミスしたりするとその3、4日が無駄になってしまうこともありますね(笑)
■ 殿ダム貯水池における選択取水設備の運用検討
 こちらは、平成15年から行ったダムの研究で、西オーストラリア大学との共同研究です。基本的にダムというのは水を取水するところが数カ所あるのですが、夏になるとダムの中は表層が温かい水、底が冷たい水という2層になり、深さによって水温や水質が変わってきたりします。そのため、目的に応じて取水する深さを変えるのですが、そのことがいろいろな影響を貯水池にもたらすので、それらを(先ほどのような)モデルを使ったシミュレーションで解析しています。
 研究のみでなく、このモデルがそのまま現地の管理システムに利用され、社会に還元できていることは、この研究をやっていて非常に嬉しいことです。

 殿ダム貯水池における選択取水設備の操作支援システムの設計(PDF/3800KB)

これまでご研究されている中で、どのようなアプリケーションをお使いでしょうか?

 基本的に、Fortranで開発されたプログラムで計算を行い、Matlabを用いて得られた結果を解析しています。研究のメインとして使用しているものが、今まで何度か出てきました西オーストラリア大学のCentre for Water Research研究所のモデルである「ELECOM-CAEDYM」です。この研究所は、水研究に関しては世界的に有名で、私が初めてコンタクトしたのは15年ほど前になりますね。その時にコラボレーションして以来のお付き合いとなります。
 個人的には長年このモデルを使用し、必要に応じてプログラムの修正や追加を行うでデベロッパーの立場でもあります。世界には何百人かのユーザーがいるのですが、残念ながら日本ではあまり使われていません。
 この他WRFや、今日はお話できませんでしたが、海や湖における波を推定できるSWANを使用しています。
※ MATLABは、米国The MathWorks Inc.の登録商標です。

計算機をご検討する際、一番重視しているところはどの部分でしょうか?
 ex:価格 / メモリ量 / CPU(速度) / 静音性 / HDD容量 /グラフィック /サポート 等…

 優先度を一番高くしているのは、計算が速く終わることなので、そのためにもやはりCPUの性能を重視しています。メモリやハードディスクは代わりが効きますが、CPUが遅いというのは代わりが効かないので、できれば価格をなるべく抑えつつ、最速のCPUを搭載した計算機を使ってシミュレーションをしたいですね。
 現在使用している計算機に関しては、安定稼働しており特に静音性にも優れています。

異常気象と言われる年がありますが、その年は研究に影響はありますか?ある場合、それは通常とはどう変わってきますか?
(研究テーマが変わったり、学会が増えたり、共同研究の依頼が増えたり等ありますか?)

 大きな災害が起きますと、それに対する研究は増えますね。またトレンドとしては温暖化がらみの関心が非常に高いので、その研究者も多ければ論文も多いですね。ただ、個人的には異常気象があったからといって、それに対応した研究に切り替えるというほどの器用さはありませんね(笑)
 我々のような土木的な立場の研究者からすると、災害がなくなることが人類にとっては良いことなのですが、本当になくなってしまうと研究余地がなくなってしまうのが悩みの種です。

この研究で一番楽しい・面白いと感じる部分はどのあたりでしょうか?

 これまでお話してきたように研究の一つの大きな柱は、ダムに関するもので、自分の研究が実際の社会に還元されて、将来の水環境の問題を少しでも減らし、皆さんの生活を豊かにすることができるような成果につながっていると思うとき、やりがいを感じますね。この研究をやっていてよかったと感じる瞬間です。

どのような学会に積極的に参加されていますか?

 主に、毎年3月に開催されている土木学会水工学講演会や、その国際組織にあたる国際水理環境学会(IAHR)関連の国際会議を中心に参加しています。また、水環境問題は生物を専門とする研究者とコラボする必要もあるため、エコロジーに関する学会にも参加しています。

シミュレーションが活用できる分野とできない分野があると思うのですが(現地観測でないと結果が出せないもの)それはどのようなものでしょうか?

 ありますね。ただ私の研究分野は現地観測のデータがあってはじめて、シミュレーションが活躍できる分野だと思います。シミュレーションだけでは実際の現象を100%再現することは難しいんです。どんなシミュレーションモデルにもいろいろなパラメーターがあり、それらをチューニングしないと良い結果が得られないのです。そのチューニングをするためには観測データがいるのです。

この分野では昔から計算はされていたのですか?(それとも現地観測が主流でしたか?)
  ※ 例えば、コンピュータの性能が向上したことにより使われるようになったのですか?

 昔は現地観測や室内実験に頼ることが多かったと思います。しかし今では計算機を用いて、3次元の物理的な計算だけでなく、化学反応や生物反応も含んだ複雑な計算もできるようになったので、現地調査に出る機会はかなり減り、コンピュータでの計算がメインになりました.こうなったのは、10年ほど前からですね。

目標や将来の展望についてははいかがでしょうか?

 今、仲良し研究仲間と新たなモデルを開発しています。首都大学東京の新谷先生がメインで開発している、「水の流れ」を解くシミュレーションモデルがあり、それに水中における生態系のモデルを付加したモデルの開発です。このモデルをこの10年以内に世界のトップレベルのモデルにするというのが夢です。日本発のこの分野のモデルとして、世界的に有名なものは未だありません。モデルの開発を進めると同時に、仲間とともにたくさんの論文を出すことによって、世界の研究者から認められるモデルに育て上げられたらいいですね。苦労もあると思いますが、子育てと同じで将来を楽しみにしています(笑)。
 開発中のモデル名は「Fantom3D」です。モデルの詳細は首都大学東京の 新谷先生のHP でも見られます。

網走湖における流れと塩分の解析シミュレーション
網走湖における流れと塩分の解析シミュレーション

先生の夢が実現することを願っています!本日は大変有意義なお話をたくさんお聞かせ頂きありがとうございました。

矢島 啓 先生のプロフィール

  • 研究室HP:鳥取大学 工学部土木工学科水工学研究室 水環境研究分野
  • 研究テーマ:
    湖沼・ダム貯水池における水環境,洪水ポテンシャルについての研究
  • 研究概要:
    ・湖沼・ダム貯水池・エスチャリーにおける水環境問題
    ・河川における水環境問題
    ・豪雨の発生などの極端水文現象
  • セールスポイント:
     水に関する諸問題を研究し、問題解決を図ることにより人々の生活がより快適に、また、安全になることを目指しております。研究対象は、ダム貯水池、湖沼、エスチャリ−に分類することができ、研究方法は、現地観測、数値計算に分けることができます。
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