このキーワードでは,2または3レイヤーONIOMを行います。この手法は,検討している分子系を2または3層(レイヤー)に分割し,それらを異なるモデルで取り扱います。得られた結果は自動的に接合して最終予測結果とします。
分割されるレイヤーはLow, Medium, Highレイヤーと呼ぶことになっています。デフォルトでは,原子はHighレイヤーに割り当てられます。(ある観点からは,従来の計算は1レイヤーONIOMとみなすことができます。)レイヤーのアサインは分子指定部分で指定します(後述)。
ONIOM(MO:MM)ジョブに関しては,Gaussian 03でONIOM最適化手法の機能向上がなされ,マイクロ反復[163]やoptional quadratic coupledアルゴリズム [162]を用いるようになりました。後者は,より正確なステップを生成するために,内部座標を用いている原子(一般的には,モデル系のもの)とカーティシャン座標の原子(一般的には,MMレイヤー内のみの原子)間のカップリングを考慮します(Opt=QuadMacroで指定できます)。
ONIOM(MO:MM)計算ではelectronic embeddingを利用できます。electronic embeddingではMM領域の部分電荷を量子力学ハミルトニアンに組み入れます。この手法ではQM及びMM領域間の静電相互作用の記述をよりよくし,QM波動関数を分極させることが可能になります。
2または3つのモデル化学をONIOMキーワードのオプションとして,High, Medium, Lowの順に指定します(Lowは明らかな場合には省略することもできます)。それぞれのモデルはコロンで区切ります。例えば,次のようなルートセクションを指定すると,LowレイヤーにUFFを,MediumレイヤーにAM1を,HighレイヤーにHFを用いた3レイヤーONIOM計算を行います。
# ONIOM(HF/6-31G(d):AM1:UFF)
原子のレイヤーアサインは分子指定セクションで行います。それには,各行に対して追加パラメータを次のような記法で指定します:
atom coordinate-spec layer [link-atom [bonded-to [scale-fac1 [scale-fac2 [scale-fac3]]]]]
ここで, atom とcoordinate-specは原子に対する通常の分子指定インプットです。Layerはその原子がアサインされているレイヤーをHigh, Medium, Lowから一つ選んで指定します。その他のオプションパラメータでは,レイヤー境界に配置されている原子に関する取り扱い方を指定します。link-atomを用いると,現在の原子と置き換わる原子を指定できます(原子タイプと部分電荷やその他パラメータを含みます)。link atomは,異なるレイヤーに属する原子間に共有結合が存在する場合に,(別の)ダングリング結合を埋めておく(saturate)ために必要です。
注意: link atomは全て各自で指定する必要があります。Gaussian 03が自動的に決定したり,デフォルト値を与えることはしません。
bonded-toパラメータは高レベルの計算を行う際に現在の原子が結合しているがどの原子かを指定するために用います。省略された場合は,Gaussianが自動的に同定しようとします。
一般的に,Gaussian 03 は原子とlink atom間の結合距離を元々の結合距離(つまり実際の系での値)をスケール倍することによって決定します。そのときのスケーリング因子はプログラムによって自動的に決定された値が用いられます。しかしながら,用いるスケール因子を自分で指定することも可能です。2レイヤー計算では,lowおよびhighレベルで計算するときに(それぞれ)スケール因子でモデル系のlink atom結合距離を指定します。3レイヤーONIOMでは,スケール因子を(low, medium, highの順に)3つまで指定できます。この3つのスケール因子は全て,文献[158]で定義されているg-因子パラメータに対応しています。また,これらは各ONIOM計算レベルで別々の値を用いることができるように拡張されています。
2レイヤーONIOMで,パラメータを一つだけ指定した場合には,両方のスケール因子にその値を用います。3レイヤーONIOMで,パラメータを一つだけ指定した場合には,3つのスケール因子全て同じ値を用います。パラメータを二つ指定した場合には,3番目のスケール因子は2番目の値と同じ値を用います。
スケール因子を0.0にした場合,プログラムは通常の方法でスケール因子を決定します。 したがって,2番目のスケール因子(mediumレベルで計算されるモデル系)だけを変更したい場合には,1番目のスケール因子は0.0にしておきます。このような指定を3レイヤーONIOMで行った場合,3番目のスケール因子は非ゼロの値を指定しない限り2番目のパラメータと同じ値を用います(つまり,この2番目のところで,0.0にすると値を省略したのと同じことになります)。
複数の電荷とスピン多重度(のペア)をONIOM計算で指定することもできます。2レイヤーONIOMジョブでは,次のようなインプットになります:
chrgreal-low spinreal-low [chrgmodel-high spinmodel-high [chrgmodel-low spinmodel-low [chrgreal-highspinreal-high]]]
ここで,下付き文字は指定した値がどの計算で用いられるのかを示しています。4番目のペアはONIOM=SValue計算のときのみ用いられます。一組しか値を指定しなかった場合には,全てのレベルでその値が用いられます。2組だけ設定した場合には,3番目のペアは2番目のペアと同じ値になります。S-valueジョブで最後のペアを省略した場合,lowレベルでのリアル系の値をデフォルト値とします。
3レイヤーONIOM計算では,設定値(とデフォルト値)は次のようなよく似たパターンになります(次の下付き文字は,最初の文字ではReal, Int=Intermediate system, Mod=Model systemを,2番目の文字ではH, M, L(それぞれHigh, Medium, Lowレベル)で示します):
cRealL sRealL [cIntM sIntM [cIntL sIntL [cModH sModH [cModM sModM [cModL sModL]]]]]
3-layer ONIOM=SValue計算では,さらに3つのペアを追加指定することが可能です:
… cIntH sIntH [cRealM sRealM [cRealH sRealH]]
電荷・スピン多重度のペアの指定が足らない場合には,次の高次の計算レベル,もしくは系のサイズの値が用いられます。したがって,指定したペアが6また9(ONIOM=SValue計算)組以内の場合は,用いられる電荷とスピン多重度は次のようなスキームによって決定されます。ここで,各セルの数字は対応する環境での計算でどのペアの値を用いるかを示しています。
電荷&スピンのデフォルト | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
指定されたペアの数 | ( SValue のみ) | ||||||||
計算 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
Real-Low | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 |
Int-Med | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 |
Int-Low | 1 | 2 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 |
Model-High | 1 | 2 | 2 | 4 | 4 | 4 | 4 | 4 | 4 |
Model-Med | 1 | 2 | 2 | 4 | 5 | 5 | 5 | 5 | 5 |
Model-Low | 1 | 2 | 2 | 4 | 5 | 6 | 6 | 6 | 6 |
Int-High | 1 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 7 | 7 | 7 |
Real-Med | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 8 | 8 |
Real-High | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 8 | 9 |
モデル系でのQM計算にリアル系からのMM電荷を用います。NoEmbedChargeがデフォルトです。
Merz-Kollman-Singh (Population参照)近似電荷をelectronic embedding.の構造最適化マイクロ反復で用います。デフォルトはMullikenです。
QM計算の electronic embeddingでのMM電荷のスケーリングパラメータを指定します。指定された整数値は実際のスケール因子にするために0.2倍されます。用いられるスケール因子は,内部のレイヤーに結合している原子では0.2nを,離れた2つの結合では0.2mを,等々になります。しかし,i からn の値は単調減少していなければならず,それらのうちの最大の値がその左側のパラメータ全てで用いられます。したがって,555500, 123500, 500はすべて同じこととなります。デフォルト値は500(つまり,555500)です。ScaleChargeはEmbedChargeも指定したことになります。
テストのためにfull squareを行い,置換基値(S-Value)[160]を生成します。電荷とスピン多重度のペアを追加計算のために追加指定することもできます(後述)。
ONIOM2次導関数計算で圧縮操作をしてアクティブな原子に保存します。これはデフォルトです。NoCompressにすると圧縮せずに計算を実行します。Blankは圧縮せずに計算しますが,非アクティブ原子からの寄与を捨てます(現在では核モーメント寄与(遮蔽,スピンースピンカップリングテンソル)に対してのみ非ゼロです)。
エネルギー,グラジェント,振動数が計算可能です。ただし,指定されたモデルのうち数値的な振動数しか求められないモデルがある場合には,全てのモデルで(解析的振動数が計算できたとしても)数値的振動数を計算することに注意してください。
ONIOMはCISやTD計算も一つ以上のレイヤーで実行できます。 Gen, Pseudo=Read, ChkBas,Sparse, NoFMM キーワードも関連モデルで指定できます。密度フィッティング(Density fitting)基底も計算可能な場合には用いることが可能で,その場合には通常の形式で指定します(例を参照してください)。
NMR計算もONIOMモデルで実行できます。
Geom=Connect, Molecular Mechanics keywords, Opt=QuadMacro
ONIOMジョブでの分子指定の例。以下に簡単なONOIMインプットファイルを示します:
# ONIOM(B3LYP/6-31G(d,p):AM1:UFF) Opt Test
3レイヤーONIOM最適化
0 1
C
O,1,B1
H,1,B2,2,A1
C,1,B3,2,A2,3,180.0,0 M H
C,4,B4,1,A3,2,180.0,0 L H
H,4,B5,1,A4,5,D1,0 M
H,4,B5,1,A4,5,-D1,0 M
H,5,B6,4,A5,1,180.0,0 L
H,5,B7,4,A6,8,D2,0 L
H,5,B7,4,A6,8,-D2,0 L
変数定義
Highレイヤーは最初の3原子からなります(デフォルトでHighレイヤーに配置されます)。そのほかの原子はMediumかLowレイヤーに配置されています。Z-matrix指定では,その行にONIOMインプットがあるときには,Z-matrix形式の末端に0を記しておかなければならないことに注意してください。
以下は,HighレイヤーにDFT法を,LowレイヤーにAmberを用いた,2レイヤーONIOM計算に対するインプットファイルです。分子指定には原子タイプが含まれます(これはUFFではオプションですが,Amberでは必須です)。原子タイプはメインの原子指定とlink atomの両方に用いられることに注意してください:
# ONIOM(B3LYP/6-31G(d):Amber) Geom=Connectivity
2 layer ONIOM job
0 1 0 1 0 1 電荷・スピン指定:全分子(リアル系),モデル系-Highレベル,モデル系-Lowレベル
C-CA--0.25 0 -4.703834 -1.841116 -0.779093 L
C-CA--0.25 0 -3.331033 -1.841116 -0.779093 L H-HA-0.1 3
C-CA--0.25 0 -2.609095 -0.615995 -0.779093 H
C-CA--0.25 0 -3.326965 0.607871 -0.778723 H
C-CA--0.25 0 -4.748381 0.578498 -0.778569 H
C-CA--0.25 0 -5.419886 -0.619477 -0.778859 L H-HC-0.1 5
H-HA-0.1 0 -0.640022 -1.540960 -0.779336 L
H-HA-0.1 0 -5.264565 -2.787462 -0.779173 L
H-HA-0.1 0 -2.766244 -2.785438 -0.779321 L
C-CA--0.25 0 -1.187368 -0.586452 -0.779356 L H-HA-0.1 3
C-CA--0.25 0 -2.604215 1.832597 -0.778608 H
H-HA-0.1 0 -5.295622 1.532954 -0.778487 L H-HA-0.1 5
H-HA-0.1 0 -6.519523 -0.645844 -0.778757 L
C-CA--0.25 0 -1.231354 1.832665 -0.778881 L H-HC-0.1 11
C-CA--0.25 0 -0.515342 0.610773 -0.779340 L
H-HA-0.1 0 -0.670662 2.778996 -0.779059 L
H-HA-0.1 0 0.584286 0.637238 -0.779522 L
1 2 1.5 6 1.5 8 1.0
2 3 1.5 9 1.0
3 4 1.5 10 1.5
4 5 1.5 11 1.5
5 6 1.5 12 1.0
6 13 1.0
7 10 1.0
8
9
10 15 1.5
11 14 1.5 16 1.0
12
13
14 15 1.5 17 1.0
15 18 1.0
16
17
18
このインプットファイルはGaussViewで作成されました。これには Geom=Connectで用いられる結合性情報(connectivity information)が入っていることに注意してください。このジョブはONIOMジョブでの電荷・スピン多重度を複数指定している例でもあります。
複雑なONIOMルートの例。 以下は,複雑なONIOMルートセクションの例です:
# ONIOM(BLYP/6-31G(d)/Auto TD=(NStates=8):UFF)
この例では,Highレイヤーに密度フィッティング(density fitting)DFT,時間依存(TD)励起状態計算を用いています。
ONIOM最適化中に原子を固定する例。ONIOM最適化では分子指定でオプションの2番目のフィールドを利用します。このフィールドは省略した場合は,0を指定したことになります。-1を指定すると,その原子は構造最適化中固定されます:
C -1 0.0 0.0 0.0
H 0.0 0.0 0.9
...
redundant内部座標以外の座標で非ONIOM最適化を行った場合でも,この原子は固定されることに注意してください。redundant内部座標で(デフォルトです),原子を固定するためにはOpt=ModRedundantオプションを用いてください。
ONIOMジョブのときのみですが,このフィールドを-1以外の負の値にすると,その原子は最適化中強固なフラグメントの部分として取り扱われます:同じ値 (< -1) をもつ原子は全て,強固なブロックとしてのみ動きます。
S-Valueテストの例。以下は,ONIOM=SValue オプションを用いたときの出力です:
S-Values (between gridpoints) and energies:
high 4 -39.322207 7 -39.305712 9
-114.479426 -153.801632 -193.107344
med 2 -39.118688 5 -39.106289 8
-114.041481 -153.160170 -192.266459
low 1 -38.588420 3 -38.577651 6
-112.341899 -150.930320 -189.507971
model mid real
整数値はグリッド点を示し,その下の値はエネルギーです。横方向のグリッド点間の値がS-valueです。S-valueは絶対エネルギーで与えらます。しかし,S-valueテストを適用するときには,相対エネルギーとS-valueを用いる必要があります(文献[160]参照)。
平日9:30~17:30 (土曜日、日曜日、祝祭日、年末年始、夏期休暇は、休日とさせていただきます。)