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広島大学
安倍 学

"第19回目のインタビューは、広島大学 大学院理学研究科 化学専攻の教授でいらっしゃる安倍 学先生にお話をお伺いしました。
安倍研究室では、構造と反応性(=化学)がよく分かっていないラジカルや励起状態の総称である開穀系分子に焦点をあて、分光分析と量子化学計算を駆使してその構造と反応性(=化学)を明らかにし、新しい化学反応の開発と光感応性化学種の開拓に挑戦しています。"

本日はよろしくお願いします。

– 先生の研究内容を一言で言うと何化学になるのでしょうか?

 開殻系分子の化学です。具体的にはラジカルや電子的励起状態です。 普通は箱(分子軌道)の中に2つ電子が入るのですが、1つしか入っていないと、通常(2つ入って落ち着くはずなので)起こらないようなことが起きる、不安定な状態(反応性が高い)です。安定な分子は手に取って測定すれば色々な物性が全てわかるのですが、不安定なものというのは難しいのでその部分をやりたい、その部分が化学として面白いところかなと思い、研究しています。

その中から今回特にご紹介していただけるご研究テーマについてお話いただけますか?

 大きくは2つありまして、1つは新しい分子構造ということで「π単結合」です。 普通は、エタンやシクロプロパンなど、σ結合のみで出来ている分子というのはたくさんあり、無限大です。π結合というのもよく知られていて、エチレンやCCの二重結合(一つはσ、一つはπ)なのですが、σ結合がないπ単結合だけで炭素—炭素結合ができないか?ということをやり始めました。  そのために量子化学計算でシミュレーションをすることが必要で、計算機を買い始めました。 もう1つは励起状態の分子の反応性です。また、二光子(マルチフォトン)を効率的に吸収する化合物の分子を設計して合成して、何とかそれを使いたいと思いまして研究しています。

もともと安倍先生は実験をメインにご研究されていたかと存じますが、なぜ計算を取り入れようと思ったのでしょうか?

 もともとは学生の頃に有機合成をやっており、試行錯誤…と言う事があまり好きではなく、そこで計算を始めました。20年程前になりますが、計算機やDFT計算が出始めた時代でもあり、ある程度計算機で実在する分子が計算できる時代になっていました。

実験に試行錯誤することが嫌で計算を始められたということですが、実際計算機を導入したことで効果は得られましたか?

 そうですね、研究自体はプロフェッショナルな有機合成からは少し離れてしまったのですが、今思い出してみるととても効果があったと思います。 分子模型で触ってみたりするのですが、それでは見えないものというのが量子化学計算では絶対に出てきます。 分子模型を触っているだけでは、自分の知っている知識の中で想像しているので、新しいものは出てこないのです。
 でも、コンピューターで量子化学計算である程度構造最適化すると、頭の中で無いような分子の構造が出てくると、新しい発見やアイディアができますので、そういうのはとても大事ですね。
 今は、π単結合というのを作りたいという目標で研究していますが、その時に単結合を作るために2つラジカルがあるのですが、結合を作るためにトリプレットではなくて、シングレットにしないといけない。それらの2つスピン状態のどちらが基底状態かというのを予測するのに計算をしています。

計算は全くゼロからのスタートということだったのですか?

 はい、そうです。未だにJOB管理ソフトに関しては御社で初めて計算機を購入した15年前に御社の長谷川氏に書いてもらった手順書を使っていますよ(笑) それだけ苦労してでも計算したいというモチベーションになったことは大きなことです。現在のようにツールがユーザーフレンドリーになって、誰にでも簡単に使えるようになったということはある意味怖いことでもありますが、あの頃は障壁があったと思うのですが、それでもそこに(計算の世界に)入ったことで、研究領域が広がる結果にもなったと思います。

計算するにあたり、ご自身が仮定した仮説が本当に正しいのかどうかを見たいというのがもともとの目的だったが、それをやっているうちに違う結果が出てきた…というような、想像外のことがわかるという副作用のようなものがあるかと思いますがいかがですか?

 量子化学計算というのはすごく理屈っぽいようなイメージがあるのですが、私は量子化学計算を使って実験をしていまして、構造を最適化する理論を作ってこられている理論化学者の方とは違ってコンピューターを実験道具として実験(予測)をしているわけです。
 実験で「あれ?こんなことが起こるのか?」ということが計算でも起こってくるので、何か目的をもってきちんとインプットしないと、違うことが起こった時に予想していたことと違う結果が出てきたときにある程度わかっていないとそれが正しいことなのか間違っていることなのかがわからないという問題がありますが、そこさえしっかりしていれば計算機は実験の一つのツールとして使っていくことができます。

そこからずっと実験と計算の両立で研究をされているということですね。

 そうですね。なかなか自分で実験できる時間がなくなってきたので、私はコンピューターで計算させてもらって、そこで出てきた結果と実際実験で出た結果を照らし合わせて話し合ったりします。
 それをやらないとなかなか新しいものが見えてくることがないので、とても大切です。
 実験と計算の結果が全く違うということもあります。そういう時は、「常識」をもとに判断することもあります。その常識から離れた答えが出たときは、なぜそうなったかを考えていくことで新しいこと、面白いことが発見できるきっかけになることもあります。
 コンピューターでシミュレーションするということは、実験で起こることが計算でも起こるかどうかということ、実験をなぞることからスタートすると言われています。コンピューターでシミュレーションしていると、実験と違うことが起きることもあります。そうなった場合、100回のうち99回位は計算のインプットが違っていたとかそういうことなのですが、100回のうち1回は本当に計算の方が合っていることがあります。
 そうなってくると初めてシミュレーションの意味が出てくるのです(笑)計算の精度や、コンピューターの性能などにより、この確率が上がることはもちろんあり得ます。正しい回数が増えていき、間違った回数が減っていくと確率は上がってきます。

具体的にどのような計算をされていますか?(お使いのアプリケーション含め)

 そうですね、Gaussianをずっと使っています。 スパルタンはGaussianを使う前から使っています。また、GAMESSを使っています。
 また、溶媒効果を見るために先日QMMM plusを導入しました。反応経路自動探索のReaction plusも導入しました。

研究室によっては、実験のみで計算は他研究室に投げるという方法を取っているところも多くあるようですが、同研究室内で両方をされるという方法を取られた理由はございますか?
また、安倍先生の研究室では計算部隊と実験部隊に分かれているのでしょうか? もしくはどの学生も両方やるような感じでしょうか?

 計算部隊と実験部隊という形では分けていません。できるだけ同じ人が、実験も計算も行うようにしています。ターゲット(やりたいこと)があり、それをするためには分子設計をしないといけないのですが、そこにどのような置換基をいれたらいいかということを最初は一緒にやります。学生と一緒にターゲット分子の分子設計を選択し、その合成経路を調べ、ここからスタートしようということが決まってくるので、そんな感じで作っていきます。
 分子設計は学生と一緒になってやらないと、学生のモチベーションが上がらないですし、自分である程度納得したところでスタートすると実験に対する執着心も違いますし、自分で見つけて自分が自らデザインした分子を作ってみたいなぁという愛着が湧きますので、時間はかかりますが結果的にはモチベーションが上がると思います。
 なので、基本的には実験も計算もトータル的にできるようにしています。合成するところはある程度DBソフトを使用して調べるのですが、最後の目的とする分子はDBにはないので、π単結合を作るために不安定なものを安定化にするためにどうやったら安定化になるのかを考えて、エネルギー計算して入り口と出口のエネルギー差がないようにするにはどのようにするか…そういうことをやるために例えばここに1個ベンゼン環を入れてみよう…等1個1個実験で試してみたら大変ですよね?半年位かかります。
 これが計算だと1週間、早ければ2日とかで終わるわけです。合成する前に、ここからスタートしたらよいのか?それでうまくいかなければ、あの方法があったな?など様々な可能性を考えて作ることができますので、そういう意味でもある程度は両方できるようにならないと、仕事としては誰かの後追いになってしまうので。
 私の研究室では、これ以上はできないというところは他の研究室に依頼することもありますが、基本的には自分でデザインした分子を自分で合成するところまでやります。

実験と計算の両立は大変かと思いますが、どのような時間配分をされているのでしょうか?

 朝来て計算結果を確認して、計算を再度流し、日中は実験をするという流れです。計算というのは、やり始めるとハマってしまうので(笑)

計算するうえでよかったこと、逆に苦労したことはどのような点ですか?

 計算して良かったことはやはり、自分が気づかないことが見えるとき、実験では見えないことが出てくる時が一番のメリットです。
 苦労することは、やはり先ほどお話したようにたまにハマってしまうことですね。有機化学ですので、溶媒がすごく大きな役割を果たすのですが、そこなしである程度予測したものが数字で出てくるので、学生はその数字を信用してしまうのです。
 その数字を見誤ってしまうと、溶媒効果に影響してしまうのがデメリットです。そのソリューションとしては、QM/MMは非常に効果があります。 ある程度大きな分子になってくると溶媒抜きで計算してしまって、その構造と実験結果で、それが違ってくるとおかしいな??と学生が悩んでしまうためその辺りはフォローが必要になってきます。ある程度ケミストリーがわかっていればよいのですが、何もわからない学生がその数字(計算結果)を見て判断してしまうことがあるということです。

やはり計算を使って計算された方が手軽で、時間を有効活用できるのでしょうか?

 ええ、もちろんです。計算全てではないのですが、計算を取り入れたことで、例えば溶媒効果など、「中身」がわかるようになりました。もちろん計算でわからないことが実験でわかることももちろんあります。

お話を聞いていると実験と計算両方取り入れることはかなり有効的だと思うのですが、知る限りでは「計算のみ」もしくは「実験のみ」という研究室もあるようですが、それはなぜなのでしょうか?

 研究テーマによるのではないですかね?例えば、有機合成化学というのは職人芸的なところがあるのですね。そこを計算でフォローするのはなかなか難しいところがあります。有機合成化学者は芸術的なセンス、これまでの経験、動物的な勘(笑)で動くのです。
 また、有機金属も同様だと思いますが、スピンなどは実験も計算も両方必要です。理論化学というのはそこ(計算)を極めたいということなのでそこだけやっています。
 そして、我々がやっている研究は、両方極めないとなかなかうまくいかないということで両方取り入れています。
 また、実験は自分で分子を作って合成して…という風にする方がリアリティを得られるので私はとても好きですね。

計算が思うように結果を出せない時、どのように対処していますか?

 例えば吸収スペクトルの実験結果を再現するのを例にとりますと、最大吸収波長をもう少し長波長に側にずらしたいなとか、そういう場合に計算機を使うのですが、どのあたりに置換基をつけたらどれだけ上がるのか?など、トライ&エラーを繰り返してフレキシブルに対応しています。
 それでもなかなかこちらではわからない部分がある時は、他研究室に問い合わせたり、メールでサポートしてもらったりもします。 Gaussian社の「電子構造論による化学の探求」を参考にする時もあります。 今はある程度ネットで調べれば出てくる時代でもあるので、エラーの対処法などを調べるのに活用しています。

現在実験分野の研究者で、これから計算を始める方へのアドバイスはございますか?

 割と単純なことなのですが、まずは取っ掛かりとしてGaussian社の「電子構造論による化学の探求」は必ず読むことをお勧めします。
 化学者なので、間違ったことをやり続けて出てくる結果で話すというのはおかしいので、まずはその1冊は読んでみて、基本的なことを学び、そこに出てくる数字などがどのような意味を表しているのかなどを理解して、何かおかしな構造が出てきたときにそれが間違っているのか正しいのかのジャッジができる程度になるようになるといいと思います。
 初めに自分のやりたことから逆引きで辞書的に利用するのもいいかもしれませんね。私も初めて計算を始めるとき、まずこの本を買いボロボロになるまで読みました(笑)

研究を進めるにあたり心がけていることはございますか?

 とにかく一つ一つを一生懸命考えることです。また、物事を真摯に受け止めるようにしています。例えば学生の発言であったり、計算結果がおかしかったり…そういう時に目をそむけずに原因を自分が納得のいくまで考えるようにする…ということをしていますし、それをしないとどこかでまた戻ってくると思います。それが目標でもあります(笑)
 そういう一つ一つ、一生懸命取り組むということの積み重ねで将来に繋がる何か(研究成果となるもの)が見出せるものだと思っています。

今後、新たに取り入れたい計算はございますか?

 反応経路を探索できて且つ溶媒効果も見られるようなものがあったらいいですね。
 例えばある作りたい化合物があったとして、それを作るための原料が出てくるようなものがあったらいいですね。

現在のご研究が将来どのような形になることが理想でしょうか?

 もちろん、役に立ってほしい、将来何かに使ってもらえたらいいというのが大前提ですね。 できれば、20〜50年後に何か役に立てるような新しい何かを見つけられたらいいなと思います。
 先ほど話に出たπ単結合もそうですが、教科書にはできないと書いてあるものですが、だからこそ可能になったら研究としては価値があると思います。これによって違うフィールドができ、20〜50年後の世の中の人に役立ったらたらいいなと思います。 私の研究室には発展途上国からの学生を多く受け入れているのですが、モチベーションが高いので、それに刺激を受けて日本の学生にも広い視野で積極的に多くのことを学んで欲しいと思っています。
 また、有機化学・合成をやるからには、人名反応(発見者や開発者にちなんで名付けられた化学反応)は一つの目標になり、大きなモチベーションになると思います。

安倍先生は学生時代、どのような学生でしたか?(この研究分野に進むきっかけはありましたか?)

 あまり大きな声では言えませんが、自分が研究をしたいときだけ学校に行って研究していました(笑)
 学生時代から将来は研究者になりたいと思っていました。好きなことに没頭できるという意味で研究者になりたいと思ったのだと思います。今でも好きなことをたくさんやらせてくれた親と奥先生、野島先生には感謝しています。
 助手(たすけて)の頃は研究に没頭できたので戻りたいと思う時もあります(笑)また、高校・大学はバスケットをやっていましたね。

お忙しいかと思いますが、どのようにリフレッシュされていますか?

 ゴルフです!いつも前日はワクワクして眠れないくらい楽しみです(笑)ゴルフは研究とよく似ていますよ。自分ではどうにもならない自然環境の中で、自分で色々デザインしてその場その場で改良していくというところです。ぶっつけ本番の方が色々なことが起きて楽しいので練習にはいかないです(笑)
 昔はよく練習に行きましたが、ある程度打てるようになったら練習は楽しくないのでぶっつけ本番を楽しむようになりました(笑)

広島大学の学生さんはどのような学生が多いですか?

 真面目な子が多いです。本当に真面目で素直です。もう少し世間慣れしてほしいくらいです(笑)
 もともと理学をやりながらも所属していたのは工学部だったのですが、広島大学の理学部に移動して来た時、工学部と理学部の学生の違いに驚きました。
 理学部の学生は、本当に文化といい授業の雰囲気といい、全然違いますね。 実験をやっていても、例えば答えが2になるものが1.9とか出てきたとしても誤差を認められないようなまっすぐさがありますね。

学生の方々に対して研究の魅力や伝えたいことなどはございますか?

 「失敗を恐れないでほしい」ということと、「人の後追いはしないようにしてほしい」ということですね。
 最近気になるのは、失敗を恐れて、言葉でごまかそうとする子ですね。例えばプレゼンなどでも流暢にソツなくこなすのですが、率直にぶつけて、失敗して多くのことを学んでほしいです。

弊社は、理論と実験のハブになったり、新しいことを始めたりしていますが、そんな中、新しい取り組みとして人材紹介を視野に入れています。その際、第三諸国の学生に対してその研究の手助けとなるようなことも考えています。
先生も海外の学生を多く研究室に迎え入れることで活性化を図るなどされているので、そういう取り組みの中でも何か協力し合えるようなことがあればよいですね。

 そうですね。実は台湾を始めとしてアジア諸国にはよく行っていまして、今度はベトナムに行くのですが、目的としては、向こうの学生はお金がないので実験ができない(器具がない、薬品がない)のですが、学問としては、量子化学計算はパソコン1台あればシミュレーションを学ぶことができるので、それらのことを教えるために行っています。

例えばそれは弊社がそういう話を見つけてきたときに先生にお力をお借りすることは可能なのでしょうか?

 もちろん可能です。全然問題ないです。モチベーションを持ってお付き合いしていき、そういう方々を通じて学び、コミュニケーションをはかることで日本の学生に刺激を与え、活性化させたいというのが目的です。

弊社もそのようなことを通じて研究者の架け橋となるような役割が出来たら幸いです。

 具体的にはベトナムの他、インド、バングラディッシュ、台湾などのアジア諸国を盛り上げたいと思っています。

中国はまだ国策的にも閉鎖的なことは確かですが、6月にICQCがありますので、そこでまた色々情報を収集出来たらいいなと思っています。

 確かに中国はマーケットとしては巨大ですし、まだまだ発展する余地がありますね。アジアを活性化させるためにも、お互いの国の学生に対し、将来を見据えて大切に育てていくことで信頼関係を構築し、グローバル化に貢献できたらいいなと思っています。

本日は大変有意義なお話をたくさんお聞かせ頂きありがとうございました。

安倍 学 先生のプロフィール

  • 研究者紹介:広島大学 大学院理学研究科化学専攻 分子反応化学講座
  • 研究テーマ:
    ・ 局在化一重項ビラジカルに関する研究
    ・ マルチラジカルのスピン整列
    ・ 電子的励起状態分子の反応性に関する研究
    ・ 光付加環化反応に関する研究
    ・ ケージド化合物の合成とその生化学的利用
    ・ 有機分子触媒を用いた立体選択的合成反応の開発
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