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九州大学
内田 孝紀

第12回目のインタビューは、九州大学 応用力学研究所 新エネルギー力学部門風工学分野の准教授を務める内田 孝紀先生にお話をお伺いしました。
九州大学発ベンチャー企業 株式会社リアムコンパクト社によって実用化された先端的数値風況シミュレータ「RIAM-COMPACT®」の開発者でもある内田先生から、RIAM-COMPACT®による最新の研究成果について、事例を交えて解説していただきました。

はじめて訪問させて頂きます。何度か弊社にご来社頂きましてその節はありがとうございました。
 本日はどうぞ宜しくお願いします。

 こちらこそ。実は御社とのお付き合いは長くて、前身の会社の頃からずっと続いています。インテルのPentium 4の頃でしょうか。当時も会社の中にベンチマークの環境を作られていましたでしょう?

はい。以前からリモート検証環境を提供していました。

 あの時は僕らがある程度自由に権限を与えられて、ログインして計算を流すことができましたよね?そういうのをやってもらえたのが斬新で、何回か御社に行ったことがあるんですよ。
 最初は僕らもアルファチップを搭載したワークステーションでした。お亡くなりになった桑原先生 ※1 が数値流体シミュレーション分野で先進的に研究を進められていて。当時、DEC Alpha 21064A 275MHzのワークステーションを桑原先生の計算流体力学研究所から購入して、その時から使っていました。
 それからしばらく時間が空きましたが「数値流体シミュレーションをGPUで」という話になった時に、コードのチューニングやベンチマークをやってもらえるということでまた御社とのお付き合いが始まりました。GPU化した流体ソルバーはとても評判がいいんですよ。何社かのベンダーさんとのお付き合いもありましたが、今はもう御社一本にしています。ハードの引き合いがあった時には御社にお願いしています。
※1 故桑原邦郎先生。数値流体力学の第一人者。数式処理、離散渦法、熱流体解析、圧縮性流体解析、可視化法など、広範囲にわたり多くの研究成果を上げると同時に、飛行機、自動車、船舶の設計など産業分野への応用でも多くの業績をあげられた。また多数の若手研究者を育てており、我が国の数値流体力学の発展へ大きな功績を残された。

どうもありがとうございます。RIAM-COMPACTのユーザ様を複数ご紹介頂きました。
 先生は当初から風力発電に関わる研究をされていたのですか?

 風力発電の仕事をずっとやっていた訳ではありません。流体の数値シミュレーションは学生の頃からやっていましたが、元々はビル周りの風をどのように抑制したら良いか、つまり風の被害を防ぐためにビル風をどう抑制すべきかとか。あとはちょっと古いんですけど、三宅島の噴火で火山ガスが出て島民の方が避難されたでしょう?風に乗って汚染物質がどのように運ばれていくかを解析したりしました。東日本大震災で福島第一原発が壊れた時に僕らのところにも拡散シミュレーションの依頼が各方面からかなりあったんですよ。風のシミュレーションではありますが、風を有効利用することとは逆のことをやっていたんです。
 ところが、10年位前に私の指導教官の大屋裕二教授(現在の上司)と「少し方向転換しないとね」という話になり、独自の数値流体シミュレーションのプログラムを作っていましたので、「まず名前を付けなさい」と言われまして。「名前を付けるとソフトがひとり歩きするから」というので、RIAM-COMPACT(リアムコンパクト)という名前を付けました。それが2003年ですから、やり始めてからは結構長いんです。もう10年経ちますから。

方向転換をされたきっかけは何だったのでしょう?

 私が所属する応用力学研究所で「環境面を重視しなさい」という動きがありまして、エネルギーや環境問題にシフトしなければいけない時期だったんですね。2003年11月に「実用化しましょう」という話になった時に、桑原先生の計算流体力学研究所の方が独立して立ち上げた流体物理研究所という会社から「やりましょうか」と言って頂いたんです。それで話が進み、RIAM-COMPACTが実用化されました。
 大学法人化後の2006年10月には、周囲の方々の薦めもあって、株式会社リアムコンパクトというベンチャー企業を設立したんです。その時に「風力発電をメインで!」という話になりました。今から色んな問題が起きることがわかっていましたから。

色々な問題とは?

 これは最近取材を受けた番組なんですけど、平成25年3月12日に京都府の太鼓山風力発電所で起きた風車の重大事故に関するものです。NHKが僕らのところに取材にきまして「原因を究明してくれ」という話になりました。この事故について、実は「こういうのが起きるぞ」と予想していました。風の乱れが原因だと僕は思っているんですけどね。いわゆる「地形乱流」と呼ばれる現象です。
 専門家委員会では「今回の事故は風車自体の問題である」というのです。確かにそれは原因の一つなんですが、「地形乱流も事故原因の一つである」ということをRIAM-COMPACTによる数値流体シミュレーションで示したんです。強い風と弱い風が交互に目まぐるしく風車を通過して風車が揺れた結果、金属疲労が発生し、風車の先端部分の発電機・ナセル・ブレードが落下したという話なんです。
参考:風車はなぜ落ちたのか(NHK NEWS WEB)

興味深いですね。風の乱れがこのような事故を引き起こすというのは初めて知りました。

 昔の風力発電は環境シンボルの要素が強く場所ありきの事業だったんです。「ここに風車を建てよう」というのがあって、そこの風の状況を詳細に調査しないまま風車を建てている状況でした。
 僕らは「風の流れをコンピュータでシミュレーションする」ことを研究していましたので、「風車を建てる場所を選定するようなソフトを作ろう」ということで最初は進み出したんです。ところが今見て頂いたように、日本特有の地形や気象条件によって風車が壊れるという相談をRIAM-COMPACTを実用化した段階から受けるようになりまして。
 我々の主要取引先にユーラスエナジーホールディングスという業界最大手の会社があります。実はここが一番最初に僕らのソフトを買ってくれたのですが、そのきっかけが面白いんです。「運転成績の悪い風車を言い当てられますか?」と言ってきたんですよ(笑)

テストされたんですね?

 そうなんです(笑)。乱流の影響で発電量が悪かったり、故障が続く風車があるということで。数値流体シミュレーションで該当する風車を見つけ出すのは、僕らが最も得意とすることでしたから「是非やります」と引き受けました。
 データを頂いて計算を行い、1ヶ月後に直接東京の方(ユーラスエナジーホールディングス本社)に行って解析結果を報告したんです。そうしたら「間違いない」ということでピタッと当たったんです。その成果を評価して頂いて、第一号で購入して頂きました。それから同社とのお付き合いが始まりまして、以来「風車を建てたはいいのだけれど、どうも調子が悪い」とか「メインテナンスが頻繁に必要な風車がある」という話を聞くようになりました。 
 それを受けて「風車が壊れるのは今は水面下の問題だけれど、将来きっと大きな問題になるだろう」と直感的に感じました。そんな経緯からRIAM-COMPACTは「どこに風車を建てればどれぐらい経済性があるか」を調べる方向から「壊れる風車はどれか」を掘り下げていく方向に舵が変わったんです。

経済性だけではなく、乱流による風車の故障リスクを見極めるのに活用してもらおうということですね。

 そういうことです。流れが時々刻々変わる非定常の数値流体シミュレーションは、我々流体屋にとっては一般的ですが、風力発電業界には「数値流体シミュレーション」もないし、ましてや「非定常」なんて言葉もない訳です。アニメーションで風の流れを見るソフトはありませんでした。世界的に見ても僕らのRIAM-COMPACTが唯一と思います。
 そんな状況ですから、「LES ※2 は良いけれど実用的ではない」とよく言われました。しかしながら今のハードウェアの進歩は凄くて、僕らのLESはちょっとしたRANS ※3 よりも速いですし、GPU計算ではスパコン並みの性能があります。信じてくれない人には結果を示すしかないので、御社に依頼したベンチマークの結果はインパクトがありました。特にGPUの結果を見せた時には凄い反響がありました。
※2 数値流体力学で用いられる乱流モデルのひとつ。乱流の比較的大きな構造を直接計算の対象とし、それより細かい乱れに対してモデル化を行う手法が用いられる。
※3 レイノルズ平均モデルのこと。非定常の流れ場に対して、アンサンブル平均を施して物理量の時間平均を求める方法。

「百聞は一見に如かず」ですね(笑)

 そうなんです。ただ最初は僕もGPUは信用していなかったんですよ(笑)。全く未知の世界だったので。納品時に御社に実演をしてもらったのを見て、目から鱗というか「こんなに速いんだ」と驚きました。数値上は御社から結果を聞いていたんですけど、動いている様子が本当にそんなに速いのかちょっと疑っていまして(笑)。GPU版とCPU版とを比べたいというのがその時の実演の目的だったんです。これがその動画です。
 最初にマルチCPUのモジュールを走らせておいて……ここが100%になっていますよね。まだGPUは動いていません。ある程度進み出した段階でシングルGPUのモジュールを叩く訳です。そうすると、GPUのモジュールはちょっと時間差を置いて走らせたのにあっという間にCPUの計算を追い抜いてしまいます。この動画を色んなところで見せ始めたんです。そしたら皆、もうたまげてしまって(笑)。200万点ぐらいの規模でしたら、シングルGPUのモジュールはマルチCPUのモジュールに対して10倍ほど高速でしたので、「これは凄いぞ!」という話になった訳です。

実演を御覧になって、古い考えだった方の反応は変わりましたか?

 はい。RIAM-COMPACTはLESという乱流モデルを採用しているので非定常の数値流体シミュレーションができる長所があります。その一方、計算時間がボトルネックになっていたことで、実用性に疑問を抱かれていた方もかなりいました。しかし計算のデモンストレーションを見せることで、周囲の見方が段々と変わってきました。「もっと大規模で」「もっと高速で」という話になっていったんです。
 風力発電業界でLESによる数値流体シミュレーションをリードしているのは僕らだと自負しています。最新の技術をいち早く取り入れていますから、ユーザーさんは僕らが発信する情報を心待ちにされています。
 最近では、幾つかの風力事業者さんはRIAM-COMPACTの良さも熟知していますから、自分たちでも厳密な事業性の評価をやりたいとおっしゃっています。つまり「地形乱流を見極めたい」と。

こうした問題を抱えた風車は一体どれぐらいあるのでしょうか。

 日本には売電目的の風車が2000台ぐらい建っていますが、その半数以上は日々の運転の中で色んなトラブルを抱えていると思われます。なかなか表には出てこないですけどね。ところが太鼓山のような重大事故が起きると、マスコミが騒いで表に出てきます。こういった話は沢山ありまして、風力事業者さんはそれを僕のところに相談にくるんです。「なぜですか?」と。
 これは今や、数値流体シミュレーションでしか解き明かせない分野になってきています。数値流体シミュレーションは一頃、「机上の空論」とか「好きな人の絵空事」とおっしゃる方々も結構いました。しかしながら、例えば機械や自動車の製造業では設計の道具として当たり前のように使われています。風力発電業界はそうではありません。まだ相当遅れている訳です。そこで僕らが数値流体シミュレーションの必要性を訴えてきて、今ではかなりの方々にわかって頂けるようになりました。

風力発電が今後さらに普及してゆくには、既設風車を取り巻く問題をきちんと理解する必要がありますね。

 はい。FIT(Feed-in Tariff, 固定価格買取制度)が追い風にはなったんです。また、東日本大震災を経験して新エネルギーに転換していかなければという話になって。それがきっかけとなって一気に風力発電の普及が加速しようとしていったんですけど、なかなかうまくはいっていないんです。
 本当は我々が提案する数値流体シミュレーションを使って事業性の評価を慎重にやっていかなければいけないのに、FITという大きなうねりが来たので皆慌てて。乱流の問題があまり検討されていないように感じます。それはすごく懸念しています。「今だからこそ慎重にやらないといけない」と考える風力事業者さんもいれば「今までの赤字分を今のうちに何とか取り返さないと」と考える風力事業者さんもいるんです。あとは法規制ですね……。

法規制ですか?

 国は新エネを後押ししている一方で、いわゆる「環境アセスメント」があります。それが風力発電の普及の障害になっています。一般的に、風車の建設を計画してから運開させるまでに、数年の時間がかかってしまいます。一方、太陽光発電には環境アセスメントは一切ありません。場所さえ見つけて電力会社から系統に繋ぐ許可が下りれば、事業はすぐに成立します。
 そういう法規制の問題もあって、全体的な枠組みが変わっていかないといけません。また東北や北海道では系統が脆弱であったり、風力発電による電気を繋ぎたくても余裕がないといった受け入れ側の問題もあります。全体的なバランスがまだ悪いんです。
 我々の数値流体シミュレーションから出力される客観的な結果は、自然の風を相手にしていますから全てを言い当ててる訳ではありません。ただ平均的な部分はある程度確率高く表現していますから、これをうまく役立てたいと思います。ところで風車の寿命って何年かご存じですか?

想像もつきませんが……30年ぐらいでしょうか?

 国際規格に従って設計された風車の疲労寿命は20年と言われています。ヨーロッパにIECという日本のJIS規格のような国際規格があります。現在の商用風車の多くは、このIEC規格に基づいて設計・製造されたものが多いんです。しかし壊れるんですよ。
 それは欧米の風と日本の風の質が違うからなんです。昔は、ヨーロッパで成功していた風車を日本に持ってくれば10年から15年はメインテナンスフリーで故障しないで回ってくれると思っていたのです。ところが蓋を開けてみると風の吹く状況は違いますし、雷や台風などの気候的な要因もあって運転を開始してから1年や2年で風車が壊れたりするんです。
 止まった風車はエネルギーを生みませんし、修理するにはお金が必要です。ヨーロッパから技術者を呼んでくるとさらに費用が必要になります。また風車メーカーの窓口の対応が遅いことも指摘されています。風車が壊れるのは仕方がありませんが、それを日本の中小企業や町工場の方たちが修理できるようになれば、風力発電の裾野が広がって良いと僕は思うんですけどね。風力発電は残念ながらまだ産業にはなっていないと思います。

特定の業者さんに限られた事業になっているんですね。

 そうなんです。だから今回、太鼓山で起きた事故をきっかけに「風力発電業界が大きく変わってくれればいいんだけどなぁ」と思っています。だけどやっぱり「どこ吹く風」で、自分たちの風車で同じような事故が起きれば真剣に考えますけど「まだ事故も起きていない風車をなぜ予防したり、対策を取らなければいけないんだ」と考える人もいます。

シミュレーションで適地選定されずに建った既設の風車は、建てる前に実験をしてから建てるということはなかったのでしょうか。

 ほとんど皆無です。恥ずかしながら(笑)。関係者が現地視察に行って「大体この辺が風が強そうだ」ということを調査する程度です。通常、候補地の風を数年間かけて計測します(FS調査 ※4)。風力発電は年間の平均風速が6m/秒あると経済的にpayすると言われています。それを満たせば「ここは風力発電に相応しい場所だ」ということで、粗々で決まっていたんです。ところが風は気まぐれですし、地形がデコボコしていれば乱流が起きます。ですからちょっとでも場所が違うと風車が受ける風は変わってくるんです。

以前、風車を建てる際に近隣の方に反対されて最終的に10mぐらい予定の場所からずらして建ててしまった事業者さんがいました。そうしたら風車が期待通りに回らなかったんです。相談を受けて現地を視察に行ったんですが、周りを見てみると風車の前にちょっとした障害物があったんです。同じ条件でRIAM-COMPACTでシミュレーションしたところ、やはりそこから発生した乱流が原因であるとわかりました。感覚的には10mぐらいずれていてもそう影響はないと思いますが、風車にとっての10mは大きいんです。

 僕らは非定常の数値流体シミュレーションをやっていて「風を見る」ことに重点を置いています。最近僕は「風況診断」という言葉を使っているんですけど、我々に健康診断があるように風も診断しなければならないと考えています。NEDO ※5 では、風況マップと呼ばれる日本国内の風の情報が公開されています。これは風力発電事業では一般的に活用されるのですが、このマップは1辺が500mなんですよ。よって、この500m四方のエリアの中は全て一律の風速値となります。ところが、同じ地形に対してRIAM-COMPACTで地形の効果を入れてシミュレーションすると、空間的な風の分布はガラッと変わってくる訳です。当然ですよね。
※4 Feasibility Studyの略称。プロジェクトの実現可能性を事前に調査・検討すること。
※5 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構のこと。New Energy and Industrial Technology Development Organizationを略してNEDOと称される。

全然違いますね(笑)

 NEDOの風況マップで風況が良い地域であっても、RIAM-COMPACTでシミュレーションするとそうでなかったり、また逆もある訳です。それは当たり前の話でして、このNEDOの風況マップは「大きな視点で有望地区を選定(マクロサイティング、あるいは、スクリーニング)する」ためのデータです。最終的には、マイクロサイティングといって「ピンポイントに風車を建てる場所を選ぶ」必要があります。風力エネルギーは風速の3乗に比例します。つまり、風速が2倍になるとエネルギーは8倍になりますから、少しでも風が良い所を探してやれば発電量は増えるんです。だから風車の場所をピンポイントに選ぶことが重要なんです。
 昔は風車の場所を人間が決めていました。これをコンピュータで行うことがRIAM-COMPACTの開発のきっかけとなりました。マイクロサイティングの事例を紹介します。北海道の苫前(とままえ)地区に風車群があります。周辺には海があり、傾斜があり、その先に風車がずらりと並んでいます。

 これはそこをイメージした数値流体シミュレーションの結果です。風速の分布と速度ベクトルを示しています。通常、風の動きは見えないですけど、こうやって風の動きを見ると何が起きているのかがわかります。つまり、風の動きを見ればどこに風車を置けば良いかが専門知識がない人でもわかります。
 傾斜があるとそこを風が駆け上がって局所的に増速されるんです。これを「風に対する地形効果」といいます。ですから山の稜線や山頂付近に風車を建てるんです。ところが一歩間違えてぐるぐると風が渦巻いている中に風車を建ててしまうと、風車はガタガタと振動します。だからこそ風車の建設場所はピンポイントに数m単位で決めないといけません。そのためには「風を見る」ことがとても重要です。
 GIS ※6 業界に「視覚的表現による合意形成」という言葉があります。「物事を目で見て、関係者の合意を取っていきましょう」という意味です。最初にこの言葉を聞いた時に「これだ」と思って、僕もその後使うようになりました。「目で見る、そして皆で共有する、そして何かを決める」のが非常に重要だと。
 風の動きを見ると、風車を建てて良い場所と悪い場所のおよその区別がつきます。そこから先は専門的な議論になりますが、とにかく最初に風の動きを見ることが非常に重要です。
※6 Geographic Information Systemの略称。地理情報(Geographic Information)という、位置に関連づけられた様々な情報を、作成、加工、管理、分析、可視化、共有するための情報技術のこと。

最適な場所に風車を建てたとしても、近くに建物を建てたことで状況が変わることもあり得ますね。

 そうなんです。数値流体シミュレーションを定期的に行って、風車の周辺に出来たものの影響を把握すべきなんです。
 風力事業者さんから時々こんな話を聞くんですよ。事業を立ち上げたら銀行から融資してもらいます。ところが銀行は太鼓山の事故なども知っていて、乱流で風が変化して風車が壊れることも勉強されているんです。融資をお願いすると、銀行は「RIAM-COMPACTで乱流の影響を評価してますか?」と聞いてくるそうです。つまり「第三者評価をきちんとやっていますか」と。「乱流」という言葉が行員さんから出てくるんですよ(笑)。
 最近は風力事業者向けの保険がありますが、そこでも「風のリスクをちゃんと考えてますか?」と聞かれるそうです。経産省が主催する風力事業者向けの講習会でもRIAM-COMPACTの話をされたと聞きました。最初は僕らの周辺だけで話題になっていたことが、僕らの知らないところで段々と広がりが見られるようになってきました。そういう意味では非常に良かったなと思っています。
 既設の風車は10年ぐらい経過しているものも多く、今は建て替え時期に入ってきています。その際に「風車は敷地内のどこに建てたらいいのですか?」という話になるんです。地球温暖化で風向きが年々変わったりするんですよ。私たちに健康診断があるように、風車の立地場所も1年おきぐらいには数値流体シミュレーションを行って、本当に風車にとって相応しい場所なのかを確認するのが望ましいと考えています。
 相応しくない場所に建ててしまった風車は制御していくしかありません。例えば、漁師さんは漁に行く時に天気予報をまめにチェックしますよね?明日の波の高さや気象条件を確認して、海がシケて漁に出られない時は小屋に行って網の手入れをします。風力発電もそれと同じなんです。今はある程度風の情報を事前に把握することができますから、あらゆる方向から風が吹いた時の数値流体シミュレーションを事前にやっておいて、それらの結果を有効に活用すれば、風車の故障リスクを最小限に留めることができます。すなわち、風の状況に合わせて風車の運転の状態を変えていけば、風車の故障や事故を未然に防ぎ、かつ風車を健全な状態で運転できると思います。

風車のオン・オフはソフトウェアで制御されているものなんですか?

 そうなんです。大きな風力発電所では、発電所の近くに風車の状態を監視する建物が建っているんです。そこに電気主任技術者が駐在しています。
 愛知県の風力発電所を所有している事業者さんから「春先から夏場までは運転成績が良いけれど、秋から冬にかけて季節風が吹き始めると、途端に風車が故障するんです」という相談を受けました。収支を取ると前半の黒字分を赤字が食ってしまって、最終的に赤字になってしまう状況が数年続いたそうです。海外メーカーの風車だったので日本の代理店に申し入れたのですが、あまり心地良い対応をしてもらえなかったということです。困り果てて僕のところに相談にきたんです。
 そこで風車の故障が発生している風向に対して数値流体シミュレーションを行いました。その時に良かったのは、電気主任技術者さんが日報や月報を正確に記録していたことです。「秋から冬にかけてがこういう風が吹いた時は、風車から何か変な音がしている」とか「風車の動きがおかしい」と細かく記録に残していまして。数値流体シミュレーションの結果を観察すると、風車が壊れるような乱流がやはり発生していました。乱流が発生した原因は風車の数百m先にあった採石場でした。そこから乱流が発生して風車を通過していたんです。この結果を事業者さんから日本代理店を通じてヨーロッパの本社に申し入れたんです。そしたら、風車メーカーはすぐ動いてくれたんですよ。「なんとか大学のなんとか先生がこんなことをやりました」という評価書が出てくると、やはり風車メーカー側も動かざるを得なくなって色々協力してくれたそうです。
 最終的には気象条件に合わせて風車をオン・オフをすることを提案しました。それを風力事業者さんが採用した結果、それ以後事故は全く起きなくなり収支は劇的に改善されたそうです。すごく喜ばれました。

RIAM-COMPACTには「実地形版」に加えて「市街地版」がありますが、この事例もご紹介頂けますか?

 それでは、福岡市のテレビ局の事例をご紹介します。
このテレビ局は福岡市内に本社ビルがあって、その横に立体駐車場を所有しています。そこに小型風車を建てたいという話があったんです。
 風車で作った電気は、電力会社の系統に繋ぐ方法(系統連系)と、地産地消の考え方でバッテリーに貯めておいて分散型電源として使う方法があります。一般的に小型風車は後者となります。小型風車の設置においても場所選びが非常に重要なんです。
 この事例では、1億400万点ぐらいの大きな計算を行いました。周辺の建物を考慮した上で風車の位置を決めるための数値流体シミュレーションを行ったんです。コンセプトは「ビル風を利用する」でした。高層マンションを迂回して回りこむ流れは、乱流の影響はあまりなく、風は強いのでそういった場所を探しました。
 これがその時に建てた風車です。「レンズ風車」と呼ばれる高出力のユニークな風車です。私の現在の上司である、大屋裕二教授が開発されました。

乱流解析と言えば、河川の氾濫などの解析をされている方にお会いしたことはあったのですが、風をテーマに絞って研究されている方はこれまでお会いしたことはありませんでした。

 そうかもしれませんね。スケールギャップといって、そこも狙い所だったんです。例えば「中国大陸からPM2.5が飛んできます」というのは、微少粒子状物質(PM2.5)が中国から何十kmも離れた日本に長距離輸送されて飛来してくる現象(越境大気汚染)なんです。福島第一原発事故による放射能物質の拡散予測に適用されたSPEEDIも同じです。汚染源を特定して、大気汚染物質がそこから何十km先のどの辺りまで気流に乗って運ばれていくかに主眼を置いたシミュレーションになります。
 一方、自動車業界などで考える空間スケールは数mぐらいまでですよね。その中間的な数m~数kmまでの空間スケールを対象にした数値流体シミュレーションはほとんどなかったんです。だから「そこを狙っていこうじゃないか」ということになりました。

今後さらにご研究を推し進めて行かれる上で、ハードウェアに対して期待している部分はどんなところでしょうか。

 数百万点から数千万点の計算であれば研究室のワークステーションで出来ますし、スパコン並の性能があります。大学の附置研究所という立場でアカデミックな視点でいうと、地球シミュレータや京には及ばないにしても数億点の計算はやらなければいけないと思っています。
 流体の数値シミュレーションを10年、20年見据えてやっていく時に計算機資源としてどういうものが生き残っていくのかも気になる所です。本当は手短なものでやりたいんですけどね。だけれども1億点の計算となるとなかなか大変ですよね。出来ないこともないけれど時間がかかります。大規模な計算はスパコンで行っていますが、出てきた膨大なデータを手元のマシンに吸い上げてきて可視化するんです。その時にデータ転送が問題になって。「スパコンの中で可視化するか」とも考えるんですけど、それはそれで大変で。後処理が大変になる煩わしさも出てきますから。扱えるデータ量が大きくなってきていて、その辺が課題になっていますね。

RIAM-COMPACTは使用するメモリサイズが極めて小さいという特長がありますが、意識されてプログラムを書かれたのですか?

 実はプログラムのチューニングに関してはプロの目線でだいぶ見てもらっていたんですよ。今は私が所属する応用力学研究所の計算機室にNECのSX-9F(8CPU)がありますが、以前は富士通のVPP5000が入っていました。その頃に富士通のSEさんと共同研究をやっていまして色々とご指南頂ました。ロジックがあってそれを数式にするのは僕らで出来ますし、演算をどうしたら良いかというのもわかります。ただ全体的な流れを見た時には、専門家の目線で「このプログラムはここがホットスポットで、ここをチューニングしたほうが良い」というのがあるじゃないですか?そのチューニングをかなりやってもらったんですね。そのおかげで速くなった部分もあります。
 もちろん、その前段で流体の数値シミュレーションとして画期的なアイデアが実はあるんです。RIAM-COMPACTの開発を始めた当初は著名な先生方の講演を聴きに行き、講演が終わった後で先生に話しかけて色々と聞くんですよ。「先生、ここはどうしているんですか?」とか。なかなか教えてくれないんですけどね(笑)。そういったやりとりを通じて気が付いたのは「教科書や論文に書いているものをそのまま書いてもプログラムは速くならない」ということでした。それからは手当たり次第に色んなスキームを試しましたよ(笑)。それに4-5年の歳月がかかりました。
 今でも覚えていますけど、僕が学生の頃は毎年大晦日に徹夜するのが一つの楽しみだったんですよ。修士課程から博士課程の5年間ぐらいは毎年プログラムをパチパチ作って、年が明けるのと合わせて走らせることをやっていたんです(笑)。RIAM-COMPACTの前身のモデルも全然うまくいかなくて、ちょっと計算するとすぐに発散していました。
 非圧縮・粘性流体を対象にしたプログラムは「圧力のポワソン方程式」と「ナビエ・ストークス方程式」と呼ばれる支配方程式を連成して解いていますが、基本的には「ナビエ・ストークス方程式」の解法を中心に教科書に書いてある訳です。だけど、非圧縮・粘性流体を僕らは相手にしているので、圧力場の解法も非常に重要なんです。「圧力のポワソン方程式」に対する離散化式を変えた途端、あれよあれよという間にうまくいったんです。

 コマンドプロンプトの画面で計算の進捗状況を確認するじゃないですか?あれを毎日のように眺めていたんですよ、誤差の推移とかを。当時はそれが夢にまで出てきましてね……。夢の中でも発散するんですよ(笑)。ところが「このプログラムがいけるのでは」というのが出来て、流した時には誤差の減り方がそれまでとは全然違いました。それが「ブレイクスルー」でした。
 そんな経緯もあって、僕らのプログラムでは複雑な地形とか建物周りの数値流体シミュレーションを数多く行ってきましたが、まず発散しないんです。商用コードのFLUENTやSTAR-CCM+も滅多に発散しませんが、それらが発散するケースでも僕らのプログラムでは発散しません。研究室ではSTAR-CCM+を導入して色んなベンチマークを取っていますが、自作のプログラムの方が断然速いし精度も良いですね。
 数値流体シミュレーションの分野では「数値粘性」という人工的な粘性を導入して数値解が暴れるのを散逸させますが、我々のプログラムには「数値粘性」はほとんど入っていないんですよ。それは突き詰めていくと「流体のナビエ・ストークス方程式の導出過程に基づいた差分スキーム」を採用することで、余計なものは必要ないということになる訳です。
 この考え方は大阪大学の梶島岳夫教授が教科書に書いています。最初に読んだ時にビビッときましたね。結局のところ、「入ってきたものと出ていったものの収支が微小体積中の時間的・空間的変化とバランスする」という流体の保存則を厳密に満足する差分スキームを採用すれば、計算は安定します。それに加えて「圧力のポワソン方程式をきちんと解く」というのを絡めていくと計算は劇的に収束するんです。
 「乱流モデルに何を採用するか」というのは別の話になります。「乱流モデルにこれを使っているから発散する・しない」という話を聞くことがありますが、乱流モデルは後付けです。乱流モデルがない状態で発散せずに何ステップも安定に計算し続けることが最も大切です。それを確認してから乱流モデルを入れないと、何が発散の要因かがわからないんです。

かなりの苦労を重ねて開発されたんですね。このように風の流れを見極めて、経済性や乱流による故障リスクを評価するようなソフトは海外にあるのでしょうか?

 ないですね。GPUやマルチGPUの並列版の話も聞いたことがないです。ですからこの点は、僕らの独自性を出すポイントだと考えています。だけどアピールの仕方が悪いのでしょう。その凄さがいまひとつわかってもらえない(笑)。

広大な平野部で風車を回せる国では乱流が問題になるケースがそれほど多くないのでしょうか。

 需要が少ないのかもしれません(笑)。

しかし情報が届いていないだけで、同じような問題を抱えた国はあるはずですよね。世界中でRIAM-COMPACTが活用されて、風力発電がさらに発展してゆくことを期待しています。これからも微力ながら協力させて頂きます。

 ありがとうございます。よろしくお願いします。

計算機室のスーパーコンピュータと、実験室の風洞実験装置を見せて頂きました。

内田 孝紀先生のプロフィール

  • 研究室HP:九州大学 応用力学研究所 新エネルギー力学部門 風工学分野
    会社HP:株式会社リアムコンパクト
  • 研究概要:
    ✓世界中のあらゆる局所地形に適用可能な数値風況シミュレータ RIAM-COMPACT(リアムコンパクト)の開発
    ✓種々の安定度を有する大気成層流の数値計算と風洞実験
    ✓差分法による数値計算法の基礎研究
  • 受賞:
    2013年 第11回産学官連携功労者表彰・環境大臣賞,内閣府
    2011年 論文賞,日本風力エネルギー学会
    2010年 科学技術分野の文部科学大臣表彰「若手科学者賞」,文部科学省
    2006年 船井情報科学奨励賞,船井情報科学振興財団
    2001年 研究奨励賞受賞,日本風工学会
  • 特許等:
    2013年 発電システム,実用新案第3184277号
    2006年 流体解析支援システム,実用新案第3128436号
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