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Gaussian計算エラー対処・虎の巻

計算がエラーで止まってしまった!でもどうすればいいかわからない。
結果が何かおかしい。どこがいけなかったのだろうか?
といった疑問の解決に少しでもお力添えするべく、よくあるエラーを中心に、直接的な対処法から簡単な理論的背景まで含めて解説いたします。

第12回配信: エネルギーSCF手続きに関するエラー〔2〕

 前回に引き続き、HF/DFT計算のSCFエネルギーの取り扱いについて解説します。今回は、得られたエネルギーや電子状態が、ユーザが真に欲しいエネルギーや電子状態とは限らないという可能性と、その場合の対処法についてお話しします。

(12-1) 本当に真のSCF解に収束しているか?

 前回配信の復習となりますが、HF/DFTエネルギーを求めるためには、以下のRoothaan方程式を解かねばなりません。

ここで、行列 FS がこの方程式のインプットパラメータで、 Cε が方程式の解となるのですが、実際にはインプットである F は(本来答えとなる) C を含んでおり、 C がわからない状態では F を決めることができないので、このままでは方程式を解くことができません。そこでまず、 C の初期値 C0 (これを「初期軌道(initial guess)」と呼びます)を適当に与えて F を計算します。この F を用いて方程式を解くと、ひとまず Cε が求まるので、求まった C を用いて F を更新し、再び方程式を解いて、そこから得られる C を用いて F を更新し……という手続きを C がもはや変わらなくなるまで繰り返します。この手続きのことをSCF法といいます。
さて、Roothaan方程式を解くのに C0 という初期値が必要ということは、あらかじめ答えに近い初期値を選べば首尾良く収束するが、初期値が悪いと収束しないか、ユーザの望まない解に収束してしまう可能性があるということを意味しています。

ここで「ユーザの望まない解」というのは、真の基底状態でない解(例えば、ビラジカル状態が基底状態なのに、閉殻一重項状態が得られた)や、ユーザの想定と違うスピン状態の解(例えば、中心金属にスピンが立った錯体の電子状態が欲しいのに、中心金属は閉殻で配位子にスピンが立った電子状態が得られた)などを指します。

(12-2) SCF解の安定性診断キーワード: Stable

 この「真のSCF解に収束しているか」という問題は、通常、特に閉殻状態を計算する場合は、さほど気にする必要はありません。しかし開殻状態を計算する場合は、この問題はしばしば現れますので、注意が必要となります。そこで、このようなSCF解の安定性を診断するために、GaussianではStableというキーワードが用意されています。

もし得られたSCF解が安定な解に収束しているならば、以下のようなメッセージが出力されます。

また、得られたSCF解が安定な解でない場合は、以下のようなメッセージが出力されます。メッセージは不安定性の状況によって若干異なりますが、何らかの「instability(不安定性)」が確認された場合は、得られた計算結果を鵜呑みにせず、注意深くエネルギーや分子軌道の妥当性を吟味する必要があります。

なお、これらのメッセージは、アウトプットを上から順に眺めていってもなかなか見つけるのが難しいので、「The wave」で文字列検索することをお勧めいたします。

(12-3) 安定でないSCF解が得られた時の対処法

 安定なSCF解を求める最も簡単な方法は(実際のinstabilityの有無にかかわらず)Stable=Optを指定することです。このキーワードを指定すると、SCF解の安定性を調べた後、安定であればそのまま計算を続行し、そうでなければより安定なSCF解を自動的に探索します。

ここで、「Stable」に加えて「Opt」という用語が登場すると、ややもすると、分子構造の安定性や最適化を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、第4回配信でも申し上げましたが、Stable=Optは分子構造最適化とは全く関係がありませんので、ご注意下さい。
 また、分子軌道の対称性が崩れても良い(または、わざと崩したい)場合には、Guess=Mixを指定すると、安定なSCF解を見つけやすくなります。(さらにStable、Stable=Optとの併用も可です。)

例として、1,3,5-トリシアノベンゼンアニオンのエネルギー一点計算を考えてみましょう。

この条件で計算を行うと、エネルギーとStable判定は以下の通りとなります。

つまり、この分子は普通に計算すると、不安定なSCF解に収束してしまうことが分かります。
 そこで、今度はStable=Optを指定して計算を行うと、以下のような結果が得られます。

すなわち、まず普通に計算して得られたSCF解に対してStable判定を行い、それが不安定であることが確認されたので、より安定なSCF解を探索し、改めてStable判定を行った結果、今度は安定であることが確認された…という内容です。事実、最初に得られたSCF解のエネルギーより、安定と判断されたSCF解のエネルギーの方が若干低くなっていることがわかります。
 このように、Stable=Optは便利なオプションですが、いつも上手くいくとは限りません。また、種々の理由から、安定な状態ではなく、敢えて不安定な状態のSCF解を得たいという場面ではStable=Optは利用できません。そのような時には、望みの状態に収束しやすくなるように初期軌道の順序を入れ替えてからSCF計算を行うと、望みの状態に上手く収束する場合があります。これについては次節で説明します。

(12-4) 初期軌道の入れ替え

 Gaussianには、既存のchkファイルから分子軌道を読み込み、その軌道の順序をユーザが任意に入れ替えたものを初期軌道としてSCF計算を行う機能が搭載されています。この機能を上手く利用すると、望みの電子状態に収束させることができます。

 先ほどの1,3,5-トリシアノベンゼンアニオンを例にとって説明しましょう。Stableキーワードで判定された偽のSCF解と真のSCF解の分子軌道を見比べてみると、HOMO(SOMO)とLUMOの形状がほぼ入れ替わっていることがわかります。このことは、偽のSCF解の分子軌道を初期軌道として読み込み、かつ、40番目のα軌道と41番目のα軌道を入れ替えてやれば、真のSCF解が効率的に得られるということを示唆しています。そのインプットは、以下の通りになります。(偽のSCF解のchkファイル名をtricyano.chkとします)

Guess=Readは「%Chk=」で指定されたchkファイルから初期軌道を読み込む、Guess=Alterは初期軌道の入れ替えを追加入力セクションから読み込むというキーワードになります。余談ながら、追加入力セクションが必要なキーワードを他にも指定している場合は、追加入力情報の順番が重要ですので、第3回配信第8回配信も併せて復習するとよいと思います。
 さてここで、インプットの最後に空行が2行あることに注意して下さい。この分子は開殻系であるため、B3LYPを指定すると、デフォルトではUB3LYP(非制限型)が走ります。その場合、軌道の入れ替えはα軌道同士、β軌道同士について、2行にわたって指定する必要があります(α軌道とβ軌道を直接入れ替えることはできません)。すなわちこの場合、β軌道の入れ替えは行わない旨の空行と、インプットの最終行であることを宣言する空行の、2行の空行が必要となります。なお、制限型の計算手法の場合は、α軌道とβ軌道の区別はありませんので、Guess=Alterに対応する追加入力セクションは1行となります。
 最後に、Guess=Alterを指定して初期軌道を入れ替えても、結局元の(chkファイルと同じ)電子状態に収束してしまうこともしばしばあります。そのような場合は、初期軌道の非占有軌道を人為的に高エネルギー側へシフトさせ、占有軌道と非占有軌道のエネルギー差を大きくてやると、望みの状態に収束する場合があります。この操作を「仮想シフト」と呼び、SCF=(VShift=N) で指定します。ここで N はエネルギーシフト量(ミリハートリー単位)を表し、通常、N=100~1000程度の値を指定します(デフォルトはN=100)。また、VShiftを指定すると、SCF収束性が落ちることもしばしばありますので、うまくいかない時は他の収束アルゴリズム(SCF=FermiまたはSCF=QC)と組み合わせることも試してみるとよいでしょう。

 今回の内容は以上です。次回(第13回配信)では、「構造最適化に関するエラー」を解説いたします。

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